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KANJIとチュノム 第689話・12.12

「ホアちゃん、幸越は寝たのか」「うん、幸ちゃんは気持ちよく寝てる」石田圭は息子の幸越が隣の部屋で眠ったことを聞いて口元が緩んだ。
「今日は夜泣きがないといいけどな」生後半年近くとなった我が子は、確実に成長している。それについては本当に嬉しいが、数日に一度はある、夜泣きだけは困っている圭。それはベトナム人妻のホアも同じであった。「圭さん今何しているの?」
「うん、漢字の練習なんだ」墨と筆で同じ漢字を書いている圭。漢字は息子の名前「幸越」を何度も練習した。

「そうだ、ホアちゃん、ベトナムにも漢字のような文字があったんだよね」「え、漢字?」ホアは圭が意外なことを言ったために次の言葉が出ない。「漢字は中国のものだよ。ベトナムはチュ・クオック・グー」「それは知っているよ、アルファベットの上に記号がついているような」
「そう、ちょっと貸して」
 ホアは圭から筆を奪うと、新しい和紙に文字を書く。

Nem cuốn 
Gỏi cuốn

「こういうの。日本では生春巻きと呼んでいるのね」「うん、それはもちろん知っているよ。ではなくて、この前ベトナムにフランス人が来る前の話の文字だよ。例えば」
 圭がここで筆をホアから取り返すとその下に文字を書く。

峠、働、畑、込、萩

 ホアはそれを見ながら「これは?」「漢字だけど中国にない漢字だよ。日本で作られて、日本にしか存在しないから和製漢字っていうそうだ。
 ホアは圭からの話を黙って何度もうなづくと。それなら「チュノムのことだ」と口を開いた。
 再び圭から筆を執るホア。すると次の文字を書いた。

喃字

「これは?」「チュノムと書いた。昔のベトナムの漢字のこと。さっきの生春巻きだとこうなる」と続いてホアが書いたものはこれ。

膾卷

「へえ、こんな字になるのか。面白い。ホアちゃんもっと書いてよ」圭が嬉しそうにするが「うーん、あとは何だっけ、あんまり知らないんだけど」ホアは目をつぶり腕を組んで考え込む。するとホアのおなかの音が鳴った。

「あ、」慌てておなかを抑えるホア。「お腹が空いたのか、ホアちゃん昼間は幸越のことで大変だもんな。だったら夜食に何か食べようか」
「ならこれ食べたい」ホアはさっき自分で書いた文字を見せる。「膾卷か、材料は」「あるかなあ。ちょっと見てみる」
 ホアは立ち上がりキッチンに行く。5分くらいで戻ってきた。「圭さん材料ある。久しぶりに生春巻きを巻くよ!」

 幸越が寝たとはいえまだ深夜ではない。ということで早速ふたりは生春巻きを作って食べることになった。
「4・5本あればいいかな」「すぐできるよ」さすがにベトナム料理となるとホアは張り切る。具材をゆでるなどして30分くらいすると5本の生春巻きが完成した。

「いただきます」とふたりは手を合わせると、さっそく生春巻きを食べる。「ホアちゃん、美味しい。ベトナム料理久しぶりじゃないか」「そうかも。最近は作ってないね」ホアも嬉しそうに食べていく。2本目を食べて口を何度も動かしたホアは、水を飲むと何かを思いつく。
「そうだ、もう少しチュノムのことが気になった。今度はもっと書いてみるね」とうれしそうにつぶやく。そんなホアを見た圭もホアが可愛くなり、思わずホアの手を両手で握った。

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シリーズ 日々掌編短編小説 689/1000

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