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スペースホールの中に 第917話・7.30

「博士、この白いベンチがどうしたのですか?」夜中の公園、助手の土田は不思議な表情をしている。それを見て思わず口元が緩むのは、暗闇なのになぜかスキンヘッドの光がまばゆい沖永博士。

「やっぱり君でもわからないかのう。まあ誰にもわからんじゃろ。だがワシは普通のベンチを見せるためにここに来たのではない」沖永は土田に威厳を張るように胸を張って答えた。「では、博士何が?」なおも不思議そうな土田、いつもなら眠る時間のためか、睡魔が襲いあくびが出ようとする。土田はそのあくびが、沖永に悟られないよう口の中で空気を押し殺しながら、ゆっくりと息を吐く。

「あくびをしているのか、困った助手じゃのう」あっさりと沖永に見破られ、慌てる土田。「君はベンチしか見ていないようだが。私が見せたかったのはベンチではない。ベンチの後ろを見たまえ」沖永に言われ、土田は持ってきた懐中電灯を照らしながらベンチの後ろを見る。ベンチ自体には何の変哲もないが、その下側の土のあたりが妙に膨らんでいた。「博士、もしや!」「よくわかったな。そこは入口だ。苦節15年、多くの学会や教授連中が私の研究を「馬鹿げている」をあざ笑った。だがついにこの日が来たのだ。わが研究成果を試す時が来た。さあその土を取ろう。

 いつの間にか沖永の手にはスコップを持っている。そのまま盛り土をスコップでよけていく。懐中電灯だけが頼りに暗闇の中の作業。下手をすれば通報されそうな怪しさに満ちている。やがて盛り土の中から人がすっぽり入れるような大きな丸い鉄板が見えてきた。
「博士これは?」「この鉄板の中に空間が広がっている」「え!」土田は驚いた。目の前の鉄板の下に穴を掘っている。公共性の高い公園でそんなことができるのだろうか?というよりいつも研究室でこもっている沖永博士が、そんな作業をしていることなど知らない。いつもそばにいる助手であるが故の不思議なことだといえるのだ。

 戸惑っている土田をよそに、沖永はポケットから何かを取り出す。テレビのリモコンのように見えるそれを押した。すると鉄板が突然ゆっくりと動き出し、中から真っ黒な穴が見えてきた。
「まさか、博士、これ掘ったのですか?」あまりにも驚いたためか、いつもの倍近い大きな目を見開いた土田。沖永はそれを見て白い歯を見せる。「ハッハハハハハ!君は助手でありながら私の研究を全く理解していなかったようだ。まあいい。これは私が掘ったのではないぞ。スペースホールである」
「ス、スペースホール......」土田は言葉を失った。沖永が学会や他の大学の研究者から相手にされない「遠宇宙につながる異空間」を作ろうという研究をしていることは知っている。だが、本当にそれが実現するなど想像もつかなかった。

「この穴を通じれば、未知の世界に行ける。あらかじめたたき出した計算による見立てでは、このスペースホールは、100光年先にある恒星の中にある地球に非常によく似た惑星とつながっているはずだ」
「ひ、100光年先......」土田は頭の中が完全に混乱している。地球上にある何の変哲もない公園の地下と、いまだ誰も到達しておらず、地球から月まで1.3秒程度で到達できる光の速度をもってしても、100年かけて到達できる空間とがつながっているなど想像もつかない。

「さて、今から君に、このホールの先を調査してもらおう」沖永の一言に土田は全身が凍り付く。「ち、ちょっと待ってください。ぼ、僕にはそんな......」「いいから、このロープをつけていれば大丈夫だ」沖永はそう言いうと土田にロープを括り付ける。「このロープは超金属で作ったワイヤーだ。この研究の過程で宇宙空間から得た物質で作られている。ダイヤモンドなど地球上のあらゆるもので、このワイヤーの硬度には勝てない。だから安心して行くのだ。1時間後にワシが引っ張るから安心しなさい」

 土田は大きく深呼吸した。まさかこんなことになるとは夢にも思わない。といっても、もう後がなかった。「博士のために、博士を信じるしか......」土田は心臓の鼓動が聞こえるのを聞きながら震える足を穴の中に入れていく。顔色は明らかに悪く、恐怖のあまりひきつっている。だがそのまま穴の中に入った。土田はあっという間に地中の暗闇に消えていく。ワイヤーロープの長さは100メートル。沖永はベンチにワイヤーロープを括り付け、自らもしっかりと握っている。こうして1時間立つのを待った。

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「よし、戻そう」1時間後、沖永はワイヤーを引き上げる。主導ではなくリモコンのボタンで、フィッシングで使用するリールを自動で巻き上げるようにワイヤーはゆっくりと引き上げられていく。やがて土田の姿がスペースホールから現れた。だが1時間前に入った時の土田とは違う。どこか自信に満ちた余裕の表情をしている。「どうであったかな?」「博士、素晴らしいです。まさにパラダイス。100光年先にあんなシャングリラのような場所があるなんて、僕は感動のあまり、今でも気持ちの高まりが止まりません!」

 土田からの報告に、思わず笑みがこぼれる沖永。土田の語りが続く。「これは言葉では説明できません。博士、ぜひ見に行ってください!100光年先の世界に」「なに、そんなに素晴らしいのか?」
 土田は大きくうなづいた。目は輝き、それまでのやや内向的な性格そのものが完全に変わっている。なんという自信に満ちた表情なのか?
 土田がここまで変わるということは、100光年先の世界は想像以上に文明が進んでいて、地球とは違う世界だと直感。そうなるとこの目で見たくなるのは当然だ。「よし、わしも行ってみよう。土田君、1時間後に引き上げてくれ、操作方法はこれだ。わかったな」

 沖永は自らワイヤーのロープを体に括り付けると、好奇心旺盛な少年のように目を輝かせて、スペースホールの中に入った。土田は沖永がホールの中の暗闇に消えると、言われた通りワイヤーをホールの中に入れていく。
 こうして100メートル分のワイヤーがホールの中に入った。沖永の指示ではこの状態で一時間待つことになっていたが、土田はそれとは異なる行動に出る。

 土田は「博士、申し訳ございませんが、お達者で」と一言つぶやくと、ベンチに結ばれていたワイヤーロープをほどく。そのままスペースホールの中に入れてしまった。ワイヤーがスペースホールの中に吸い込まれると、土田はリモコンを操作し鉄板のふたを閉める。土田は100光年先の世界を見たことで性格が完全に変わっていた。自らの野望がみなぎり、あろうことか上司である博士を葬り去ってしまったのだ。
「博士が言うことが正しければ、このボタンを押すことで」土田は別のボタンを押す。すると盛土が地中に吸い込まれるようになくなっていく。そのあとベンチの下には何もない。普通の公園の地面となった。
 土田は、沖永を地球上から葬り去り、博士の研究成果をわがものにしようとたくらんでいる。「でも、あの世界は博士にとってはパラダイスだと思う。本当は俺ももう少しいたかったからな」独り言をつぶやきながら土田は深夜の公園を後にする。

 だが土田は、沖永が狙っていた研究成果としての発表は行わなかった。どれだけ力説しても陰謀論のように扱われて、相手にされないと思ったからだ。また博士からの逆襲を恐れ、二度とスペースホールは開かなかった。代わりに未知の宇宙を見たことで創作意欲が急速に湧き上がる。結局土田は研究者ではなく、作家兼SF映画の脚本家・監督として成功を収めることになるのだ。

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