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東京の青い島

「これが青ヶ島か。素晴らしい。ついに来れたんだ。東京の秘境、青い島に!」ヘリコプターから降りた野岸巧也が開口一番、嬉しさのあまり大声を出す。この日は快晴。透き通るような青空が広がっていた。そしてまばゆいばかりの日差しが巧也を覆いつくす。

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「余命半年です」巧也が突然の宣告を受けたのは1か月前。末期がんが発見されてしまう。この瞬間絶望の淵に落とされた。
「死ぬ前に、やり残したいことをやらなくては」

 巧也は残された人生で悔いを残さないことを考えた。旅が好きで全国を旅している巧也。北海道、本州、四国、九州の4つの島はもちろんのこと、いわゆる離島にも足を運んだ。    
 そして民間人が入れないようなところを除けば、ほぼ制覇している。ただひとつの島を除いて。

 その島の名は「青ヶ島」東京都・伊豆諸島の八丈島の南にある小さな島。その遥か南には小笠原諸島があるが、その小笠原よりも行くのが困難と言われている秘境の島だ。巧也はこれまで何度も行くことを計画したが、いつも何らかの理由で行けないことが続いていた。
「今回がラストチャンス。もう時間もお金も気にせずに使える。体が動いているうちに最後の夢をかなえねば」まだほとんど自覚症状のない巧也にとって、やり残したことは青ヶ島への上陸である。

 青ヶ島に向かう前日、巧也は八丈島に来て1泊した。「おい、悟いよいよだな」「ああ、兄貴」ちなみに巧也は生涯独身である。そのサポートを兼ねて年の離れた弟の悟が同行した。ちなみに悟も独身。
「でもヘリコプターで行くとか、青ヶ島ってホントすごい島だ」「悟すまなかったな。こんなのに付き合わせて」
「兄貴、気にするな。事情が事情だし、俺だってうまく休暇が取れた。こんな秘境みたいなところ、そう簡単に行けないからな」

 定員が9名というヘリコプターの中は、天井から聞こえるプロペラの音が少し気になるも、揺れはあまり気にならなかった。本当は揺れたかもしれない。だがそれ以上に八丈島を飛び立ってから間もなく見えて来たもの。そう天然の要塞のような切り立った青ヶ島の島影を見ると、ヘリコプターの中の出来事は全く気にならない。
 こうしてヘリコプターは無事に青ヶ島に到着。予約していた宿の人がふたりを迎えに来てくれていた。

 宿に荷物を置くと、さっそくレンタカーを借りて島内観光を始める。小さな島だが見どころが多い。小さな複数の神社やジョウマンと呼ばれる標高200メートルの島の最北端の崖。また青ヶ島のモーゼとの異名をもつ英雄・佐々木次郎太夫の碑などがあった。
「しかし兄貴、青ヶ島のモーセとはずいぶん大げさだ」
「島で天明の大噴火が起きたときに、島民と共に八丈島に逃れるために活躍したそうだからな。ただ救助船が限られていて、100名以上の島民が犠牲になったというのを見たが」巧也は複雑な表情で碑を見る。

「よしこの後はいよいよ内輪山に行こう」巧也は最後になるかもしれない旅を、悔いの無いよう精いっぱいの時間を使おうとしている。この日はどうしてもプリン型をした内輪山・丸山に行き、そこに通じている遊歩道を1周したかった。

 こうして慌ただしく駐車場に到着。時刻はもう夕方に近い。「20分で歩けるぞ」と巧也は、何かにとりつかれるように歩きだす。「兄貴!ちょっと足早いよ」「どうやら病人であるはずの俺のほうが元気だなあ。ハハハハハ!」
 と余裕たっぷりの巧也。しかし数分後に突然立ち止まったかと思うと、その場でうずくまる。「おい、兄貴!」
「あ、ああちょっと頑張りすぎたようだ」と言って目をつぶったまま。顔の表情はつらい。さらに少し顔いろも悪く、青ざめはじめている。
「ええ、ここ駐車場から離れているよ。だから焦りすぎたって言ったのに!」悟は一人狼狽する。しかし辛そうな巧也をどうして良いのかわからない。

「だ、大丈夫ですか!」突然女性の声。悟が振り向くとグレーの帽子をかぶった赤と白のチェックの服を着て、青いジーンズ姿の女性が目の前にいた。
「すみません、兄貴が急に」「とりあえずそこで横になりましょう」
 女性は落ち着いている。悟は指示されるままに巧也をその場に寝かせた。「これを!」女性はポケットから何かを取り出す。そして巧也の鼻に嗅がせた。「気付け薬です」と女性。すると巧也の辛そうな表情が少し穏やかになった。
「あ、兄貴の表情が」「どうやら大事には至らなかったようです。これでしばらく横になれば、恐らくよくなるでしょう」

「あ、ありがとうございます。僕ではとてもこんな」悟はまだ狼狽しつつ、何度も頭を下げる。
「いいえ、私は看護師なので」と女性は巧也の介抱をつづけた。5分ほどで完全に落ち着くと、巧也はゆっくりと水を飲む。
「ああこの度は、本当にありがとうございます」「良かった。でも無理をなさらないほうがよいですよ」と女性。巧也は彼女の表情を眺めると、思わず恋心を抱いたのか口元が緩む。

 こうして話を聞くと女性の名前は八島恭子。ひとりで青ヶ島に観光に来たという。さらに聞けば同じ宿だと知る。そのためそのまま宿に戻ってからは3人が仲良く語り合った。

「八島さん。悟も。ほら見てください。素晴らしい満天の星空。これが見たかったんだ」長年の念願がかなったのか、この旅で初めてかもしれないほどの笑顔に満ちた巧也。悟も恭子もそんな巧也の表情を見てうれしくなった。

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「あのときの兄貴は、本当に嬉しそうだったよ」「あれから2年かぁ」青ヶ島で出会ってから3年以上の月日が流れていた。あの日知り合った悟と恭子は結婚している。
「でも兄貴、余命半年だったのに、あのあと1年生き永られた。青ヶ島に行って良かったんだ」
「でも、義兄さんに式まではだったけど」
「もういいよ。最後まだ兄貴にかろうじて意識があった3月2日。忘れもしないあのときに見舞いに来た君」「あ、それは!」恭子は恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「あんなミニスカートで来るなんて」「もう言わないで。ようやく買ったお気に入りの服。デートのつもりが病院に... ...」
「いいよ。あの日はミニの日だったそうだし。それに明らかに兄貴は君のスカート見て嬉しそうだった。あれが最後の笑顔だったけどな」

「もうこの話やめましょう!」恭子は立ち上がって、数歩歩くと部屋の窓を開ける。「ほら今日は星空が見えるわ」
「おお、そうだ。兄貴と一緒に見た青ヶ島のような星空には劣るが、十分美しい」と、恭子の腰に手を当てて一緒に星空を眺める悟であった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 406/1000

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