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海外文学のススメ 第1087話・1.23

「どこか旅行でも行こうな。例えば海外とか」友達がそんなことを言って帰って行ったが、あいつは正気なのか?
 いつの間にかベッドが濡れている。1年前に大事故を起こした。奇跡的に一命をとりとめたが、寝たきりになるほどの重傷。こうしてこの日もベッドに横たわっている。

「あの日までは、いろんなところに行ったなあ」頭の中では事故前の時、自由に手足が動けた時を思い出す。経済的な理由もあったが、多少無理してでもいろんなところに旅立った。見舞いに来たあの友達とも海外に行ったこともある。だがそれはもう過去の話。

 それでも完全に希望は捨てていなかった。懸命のリハビリを行った結果、車いすなら移動できる。さらにドクターが「来月くらいから歩行訓練をしてみるか?」と言ってきた。このリハビリがうまくいけば車いすから杖に変われる。そこまでいけば杖無しの昔の状態に戻れるかもしれないのだ。


 だから元の生活に戻れる可能性が残っている。だけどそれを今の時点で言われても、どうしようもないではないか。
 涙が収まったのでベッドから起き上がる。すると何か紙袋に入っているものを見つけた。「あいつ、忘れ物」と思ったが、恐らく置いて帰ったのかもしれない。中に入っているのは本だろうか?

「あ、そうか」その本は英文で書かれている。外国で発行されていた本のようだ。「ふん、海外の文学を読めってか」事故の前は通訳の仕事をしていた。子供の時に両親の仕事の関係で英語圏で育っている。だから英語はネイティブに理解できた。それからかつて海外を旅をしたときには通訳をかって出たものだ。恐らく友達はそのことを覚えていたのだろう。

 紙袋の中にはメモがあった。「あいつのかな」メモを読むと、この本はやはりプレゼントだったようだ。友達の知人がアメリカの本屋で買ってきてもらった本だという。「海外の文学書を読めば、少しは旅の気分に浸れるのでは?」というようなメモの内容だった。

「そういうことね。海外に行くとは」メモを見てようやく理解。確かに海外の文学はその国の情景が浮かぶから読めば海外に行った気がする。それも英文だ。下手に翻訳されていないから、より現地の情景が浮かぶだろう。英語能力がネイティブなのを知っていての計らい、今度は嬉しい方の涙が出た。

「さっそく読んでみよう」タイトルももちろん英文で書かれている。すぐに本を開いた。最初に目次があり、そのあとに本文と続く。

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「今日はここまでにしようかな」1時間余りの読書は終わった。書かれている物語の序盤を読み終えたというところだ。
「浮かんだな。素晴らしい文学書だ」この一時間は確かにそうであった。英文の羅列をただ追いかけただけなのに、そのセンテンスからどんどん世界に引き込まれる。あっという間に頭の中でその世界の情景が浮かぶ。もうそこは病室ではない。物語に出てくる登場人物をこっそりと客観的に眺めている傍観者になっている。物語の登場人物は傍観者の事は全く気づいておらずに話がどんどん進んでいく。ネイティブな現地の世界は、原文だからこその味わいがある。

 そんな物語ではまだ予兆段階だがこれから事件か事故かそういうものが起こるのがわかった。だがその事象を前に、いったん文学の旅路から戻ったのだ。「これ以上読んだら、ずっと読まないといけなくなるからな。この続きは後ほどということで」病院生活が長いから健常な人よりもちょっとしたことで体力を使うようだ。1時間強の本を読んだだけでも目が疲れる。肩も背中も疲れてしまった。だから本を読むのをやめる。本をテーブルに置くと、そのまま体をゆっくりとベッドの敷布団に預けるように落とした。

「少しだけだけだったなあ余韻は」しばらく病室に漂っていた文学世界の余韻は、5分程度で消滅してしまう。残っているのはいつもの病室の風景だ。そこは無機質に見えるが、右側の壁に花の絵が飾られているのが救いというべきか。
「続きを見たいけどな」続きを読みたくなったが、やはり体力的に無理だった。このまましばらく休んで、また体力が戻ったら続きを読もうかなと思い、そのまま目をつぶる。

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「ああ、そうか、夢だったんだ」目覚めははっきりしていた。時計を見ると1時間くらい眠っていたようだが、実際には鮮明に夢を見ている。それも眠る前の海外文学の情景だ。「ああなるのかなぁ」恐らくは海外文学の英文をインプットして眠ったために、脳の中でその情報が変換され、夢の中では勝手に続きがイメージ映像として映し出されたようだった。つまり読んでもいないのに続きを夢で見たようなことが起きる。

「続き読もうかな」余計に続きが気になった。あくまで勝手に予想した続きを夢として見たからだ。だが実際はどうだろう。本当に夢のような展開になっているのか、全く異なる展開になっているのか読まないとわからない。気になったからもう一度起き上がる。こうして本を手にすると、続きに目を通すのだった。



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