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自転車を漕いでいると月から 第960話・9.11

「すっかり遅くなったなあ」すでに夜となっていた中を、家に向かって自転車を漕いでいく。ここはいつも行き慣れたところで、本当なら夕方には家に戻っている予定であった。だが運悪く、途中で前輪がパンクをしてしまう。 
 自転車を押して歩き、途中で見つけた自転車屋に立ち寄ってパンクの修理をしたが、あろうことか、チューブの交換となってしまう。
 余計に時間がかかってしまったために、結局帰りは暗くなってしまったのだ。

 早く帰りたいとの一心で自転車を漕ぐ。最初はできるだけ早く帰ろうと、自転車を飛ばしていたが、少し疲れてきた。ふと空を見る。
「お、今日は満月、そうか十五夜の月見だったなあ」ここでペダルの速度を緩めた。
「もう、どうせ遅くなるし」やがて自転車を止めると月を見る。十五夜の月は雲のないところで神々しく輝いていた。夜なのに光は本当に強い。さすがは満月の夜だとうなづける明るさである。

「月にはウサギが餅をついているとかなんてあったなあ。ありえないけど」と小さくつぶやく。
「なぜかな?」と、突然耳元に聞こえる。「うん、あれ?誰もいないのに」首を左右にしてみたが、声の主は聞こえない。だがはっきりと「なぜかな」と聞こえた。
「空耳かな」と思っていたら、「なぜ、ウサギが餅をついているのをあり得ないというのかね」と、はっきりと耳元で聞こえるではないか!
「だ、だれ?」慌てて後ろを見る。だが後ろには誰もいない。

「私の声はここだよ」また声がした。「え、ちょっと、ヤバイ!」とっさに自転車に乗り、その場に過ぎようとペダルに足をかけた。すると「私は月からの声だ。逃げても無駄だよ」と聞こえる。
「や、やめろ!」不気味な声を消すように大声を出すと、ペダルを大急ぎで漕ぐ。もちろん怖くなり、それからは月からは目をそらした。だがまたしても声が聞こえる。「急ぐな、せっかくだから君と話がしたい」
「う、うわああああああ!」また声が聞こえてますます怖くなるが、耳の中でのささやきは止まらない。「ねえ、お話ししましょう」
「や、やめて!お願いやめて!!」このとき足元のバランスが崩れ、自転車が倒れようとする。運悪く急な下り坂。自転車の速度は上がるが、頭が混乱しうまくコントロールが出来ない。自転車が横斜めに傾く、この状況で転倒すれば、明らかに怪我をしそうな状況だ。

 ところが自転車は不思議な力により、一瞬宙を浮く。「え、えええええ!」何が何だかわからない。そのまま芝生の上に自転車が移動すると、ゆっくり倒れる。そのまま近くの芝生のようなところに、ゆっくとと着地したので怪我はしなかった。
「はあ、な、なに!」ついに腰を抜かしてしまったのか、体が動かない。正面に月が見える。そしてその方向から声が聞こえた。

「恐れぬな。危害は加えない。5分ほどでいいからちょっと話そうではないか」
「え、ええ、い、いったい、だ、だれ!」もう、恐怖のあまり体が震えているが、むしろ防衛本能が働いたのか、謎の声に対して質問をする。
「さっきから言った通りだよ。月からの声」「つ、つきからって!」
 声は相変わらず訳がわからないことを言っているが、避けようにも恐れのあまり体が動かない。これは相手の言うことを聞いた方が安全のようだ。

「信じないか、だろうねえ。だけど月にはウサギがいるんだよ」
「ば、馬鹿なことを言うな!月、月には、た、大気が無い!」恐怖を払しょくしようと大声で叫ぶように反論。これで誰かに聞こえたら助けてもらえるかと思った。だが周りに誰もいない。

「ふふふふ、信じないんだろうね、今の人は。昔はみんな信じてくれたのに」月を名乗る声はそう呟く。「し、証拠はあるのかよ」
「なければ信じないのか、残念だ。それに本当に餅もついているんだ」との声。このときの声はさきほどと比べて少し寂しそうに聞こえた。

「信じてもらえないことが寂しいのか......」ふとそう感じるようになる。
「じゃあさあ、もし餅をついているとしてだ。地球にいるウサギはそんなに頭が良くない。月にもち米があるのか?それからどんな味がするんだ!」
 思い付きで声に対して複数の疑問をぶつけてみた。怖さを払しょくするために出まかせで思いついたことを語ったが、と同時に、この質問に声の主がどのような返事をするのかも気になっている。

「月のウサギはね、頭がいいんだ。地球に住む人間よりもね」「ほ、本当か?」
「そうさ、餅は餅でも、もち米ではなく、別の物質を使っている。その物質を水分を含んだもので加熱し、柔らかくするのは地球の餅と同じ。あとはそれをつくことで、月の餅になる」

「声の主って、どこかに」もう一度周りに人影がないか探してみるが、やはり見えないし、わからない。不思議だけど、やはり月から声が聞こえるのだ。「餅の味、どうだろう。地球人の好みがわからないから何ともね」
「そ、そうか、わ、わかった。ありがとう」素直に感謝の返事をする。

「それじゃあ、そろそろ終わりかな。また満月の夜に会いましょう」と声が聞こえたかと思えば、以降一切声が聞こえなくなった。
「いったい......」その場でしばらくただずんだ。ついに頭がおかしくなったのかとも思ったが、実際のところはわからない。

「と、とりあえず、帰ろう」
 ようやく落ち着いたのか、芝生の上に倒れていた自転車を起こし、道路の上に立てる。そのままゆっくりとペダルに足を置き、ゆっくりと漕ぎ出す。
 しばらく自転車を漕ぐとようやく家の前に到着。黙って自転車を置き、家の玄関を開けた。だが、入る前に気になって空を見る。夜空には何事もないように満月が光り輝いているのだった。   


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