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ノンフィクションが好き 第1028話・11.20

 部長が先頭になって会場となっている宴会場に向かって歩く。ぞろぞろとメンバーがついていく。「まだ11月なのにもう忘年会かよ?」
 俺は酒が飲めない体質なので忘年会のシーズンは大嫌いである。宴会場についてとりあえず席に座ったが、「ちょっとトイレ」と言って、俺はいったんその場を後にした。
 宴会場から少し廊下を歩いたところにあるトイレに入る。俺は別にトイレをしたいわけではなく、宴会の雰囲気がやはり嫌なので逃げてきた。「できる事なら、このまま帰りたい」と思ったが、それは現実的ではない。
 とはいえトイレ内にとどまるのにも限界がある。「やっぱり戻らないとまずいよな。でもこのドア開けたらフィクションの世界にでもなったらいいのにな」そう頭の中で思ってトイレを出た。

「あれ?」トイレから出るとそこは別世界になっている。どこかの異国の路上市場のようなところに紛れ込んだ。
「なんだろう。え?まさかフィクションの世界?」俺はまさかと疑った。でも宴会場ではない昼間の路上だ。見たことのない街にいる人は、日本人ぽかったが、彼ら彼女らが話している言葉は聞いたことがない声。
「外国か?」だが、聞いたことがないのに、なぜか彼らが何を言っているのかが瞬時に頭の中に入って理解しているのだ。

 目の前には何かを売っている人がいる。「すみません」試しに日本語で語りかける。ところが日本語で声を出したのに、その直後に聞いたこともない言葉が聞こえた。
「な、なに、これ?」俺は焦る。自分では日本語で話したはずなのに、声に出たのは違う言葉になっているのだ。だが目の前の人はその謎の言葉を理解し、俺に何か言ってきた。すると頭の中では「買ってくれるのか?どれが欲しい」と理解できる。

「な、な、な」俺は焦った。しばらく黙っていると、その人はまたよくわからない言葉をしゃべるが、瞬時に「おい、早く決めてくれ、買う気がないならあっちに行け」と意味を理解する。
「す、すみません!」俺は日本語でそういうと、やはり俺自身が理解できない謎の言葉が俺の口から発せされた。

「こ、怖い、ど、どうなってんだ」俺は口をつぐむ。声に出すと謎の言葉を勝手にしゃべってしまう。だから心の中でつぶやく。心の中であるならば日本語のまま頭の中に入るから正常である。

 俺は路上市場から離れた。と言って知らないところに突然紛れ込んだために、この後どうしてよいのかわからない。
「とりあえず人の少ないところに行こう」と俺は思い、山の方に歩く。しばらくひとりだったが、やがて前から人がひとり歩いて来た。だがその人の様子が変だ。顔が赤く体がふらついている。まるで酒に飲んで酔っているよう。

「この世界でも酒飲んでいる奴がいるのか」俺はこのとき油断して声に出してしまった。やはり瞬時に謎の言葉が俺の口から発せされる。すると酔っぱらっている相手は急に真顔になると、俺に謎の言葉で話しかけてきた。
 すぐに耳の中から頭で意味を理解する。「さ、酒、お、お前まさか、それ飲んだら捕まるぞ」という。

「酒を飲んだから捕まる?どういうこと」俺は不思議に思った。だけどそれは酒が飲めない俺にとっては嬉しいことかもしれない。
「つまり酒を飲むと犯罪なんですね」俺は思わずその人に返事をする。「そうだ、もしかしておめえは外国人か?」と変換して聞こえた。
「はい、知りませんでした」と謎の言葉で返事をすると、酔っぱらいは「酒はだめだが薬がいいんだ。腕に一刺ししたら途端にハッピーだ」と言い放つ。

「く、薬、まさか」俺はこの酔っているように見えた人は実は麻薬中毒者ではと感じた。それはそれで怖かったが、やはり気になる。「薬って、その」
「ああ、麻薬だ。この国では合法なんだぜ」酔っぱらいは得意げに語る。それが変換されて理解。「酒がアウトで麻薬がOK...…」俺は複雑な気がした。 
 俺はこのフィクションの世界に来るまで今まで麻薬などをやっている人など知らないし、せいぜいネット上などで聞くくらい。だが目の前にはその常習者がいる。そしてそれが合法というのだから、全身から鳥肌が立つ。
「お前もやるか、この注射に麻薬入ってんだぜ」と目の前の人は突然ポケットから注射を取り出して俺に向けた。
「ま、まずい、酒も嫌だが麻薬はもっと」俺は黙って後ろを向くと走って逃げた。
「なんだよ、つまんねえ奴!」その人は大声で叫ぶ。瞬間は謎の言葉だが頭の中でははっきり変換。

 俺は走ったが、後ろから足音が聞こえる。「おい待てよ!薬やろうぜ、ハッピーになれる、みんなで楽しい宴会の始まりだ!」
 そんなことを言っている。俺は後ろを振り返ると、その人が追いかけてきているではないか。「や、ヤバイ、ど、どうしよう」俺は焦った。うまく木の陰に隠れながら逃げる。ところが相手は薬をしているのが災いになったようで、まともに走れないようだ。気がついたら男の声は聞こえなくなった。「だけどどこかに隠れているかも、ど、どうしよう」俺はとにかく走る。
 すると目の前に公衆トイレがあった。
「はあ、はあ、疲れた。と、とりあえずあそこに隠れよう」俺は息を切らせながらトイレに入る。

「そろそろいいかな」どのくらいたったのかわからない。先ほどの麻薬患者の声はもう聞こえなかった。でも、もしかして隠れているかもしれない気がする。とはいえ、いつまでもトイレにいるわけにもいかない。
「出よう」俺は深呼吸をするとトイレのドアを開けた。

「あ!」俺は驚きのあまりに大きく目を見開く。そこは宴会場になっている。「元に戻ってるぞ」時計を見ると、あれから5分しかたっていない。
 俺は宴会場に戻ると、先輩が待ち構えてる。「おい、戻ってくるの待ってたんだ。早く席について、乾杯だぞ」

 こうして、あの不思議な出来事が何事もなかったように宴会が始まった。あれはフィクションの世界だったのだろうか?
 だけど俺は思った。「宴会は嫌い。でもフィクションよりノンフィクションが好きだ」と。

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シリーズ 日々掌編短編小説 1028/1000

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