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直前のとき

「いつからここにいるのだろう」何もわからない。ただ裸のまま、薄暗いこの場所で気が付いたらずっと過ごしていた。体の一部があるものに固定されている。拉致されてここに連れてこられたのか? しかし過去の記憶が全く思い出せない。記憶が喪失している。名前はもちろん。どこから来て、なぜこの場にとどまっているのか?何もわからない。ただこの場所は本当に居心地が良かった。体感温度がちょうど良いのだ。
 この日もいつものように呆然と過ごしていた。というより時間軸がわからない。遮蔽された空間にいると昼なのか夜なのかも不明。時計すら持っていないのだ。ただはっきりしていることは、ここにいる限り何も考える必要がないような気がした。周りには誰もいない。認知症が心配?いやいやご心配なく、そもそも記憶がないのだから認知症もなにも気にならず。もうこのまま生涯を終えても良いのではとさえ思った。

 ところが、このときはいつもと様子が違う。いつものようにとどまっていると突然周りの壁が動き出し始めた。「地震?」全体がおおきく揺れている。地震ならしばらくしたら収まるはず。しかしそれが収まらない。「な、何?この世の終わりか。初めて不安な気がした。そして今までにないことが起こり始める。頭が何か吸い込まれているように動き始めた。今まで進んだことのない、方向に頭ごと体が吸い寄せられている気がする。「な、何?ここが居心地よいのに、どこに連れ去られるのだ」
と必死に抵抗を試みた。しかしその吸い寄せられる力は圧倒的に強い。どれだけ頑張っても無意味のように感じる。少しずつではあるが徐々に体が引っ張られているようであった。周りでは相変わらず揺れ動いている。「だめだ、どこに連れて行かれるのだろうか?」なおも必死に抵抗を試みるが無理。頭がどんどん先に引っ張られる。

 そんな押し問答をしていたら新たな異変が起きた。頭の先端が突然冷たくなるのを感じる。「こ、これはいったい」そしてどんどんひっぱられていき、その冷たくなる、範囲が広がっているではないか。「どうなるんだ。頭が冷たい」ここででも必死に抵抗する。床をつかもうとした。揺れる床はつかめそうだが、引っ張られる力が強すぎて一瞬つかんでも、すぐに引き剥がされてしまう。
「まずい、あ、な、何だ!痛い」頭に違和感がおこった。頭が締め付けられている感覚が入る。嫌何かに捕まえられてしまった。「な、何?この先に怪物がいるのか!」恐怖のあまり震えが止まらない。

 そしてその頭をつかんだ怪物の硬いものが一気に、体を引っ張り出そうとする。その力は今までにない強さ無抵抗のまま一気に吸い寄せられてしまう。すると突然視界が変わり光輝く場所に来ている。しかし空ではないようだ。どこか別の空間に転送されたのか?光が強くてはっきり見えないが、見たこともないような大きな影が見える。あまりもの恐怖の前に張り裂けるような大声をだした。

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つまり誕生の瞬間である。


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シリーズ 日々掌編短編小説 275

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