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退職エントリ 第1092話・1.28

「まずいまずい、また寝過ごさないようにしないとな」昨日は寝坊しかけるというやらかしをしたので、慌てて飛び起きた。が、数秒後に思い出す。
「違う違う、昨日で退職してたんだ」

 10年働いた会社を昨日退職した。理由は色々あるが、とりあえず新しい道に進むとということが理由だ。とはいえ、そうなったきっかけのトリガーはある。恐らく色々疲れていたのかもしれない。「もういい」と何度も思った。本来ならそれを乗り越えて会社に居続ける方が良いという考えもある。だが、そのマイナスの事柄と並行してプラスの事柄を知った。それが今から半年前の事。

「退職届は2か月前に」という意識で半年前から退職に向けての行動を開始した。つまり衝動的にやめたわけではない。しっかりと計画を立てた。では退職後どういう道に進んだのか?再就職の選択肢は取らない。運よく今の業界はある程度実績があれば独立可能である。1年くらいまではそんなことを考えず、安定収入が見込める会社にとどまるつもりでいた。だがマイナス事象と独立する事でのプラス事象を天秤にかけたうえでその道を選んだのだ。

決めると行動は早い。独立してもいきなり仕事があるとは思えなかった。だから会社に密かに行動をとる。取りながら独立後にも仕事が得られる方法を模索した。この努力もプラスの事象、情報に基づいて動く。だから意外にスムーズに独立後の顧客が見込めることがわかったのだ。

「あとは退職だ」こうして退職のエントリーをしたわけだが、ケンカ別れだけは避けたかった。マイナスの事象に対してはケンカ別れしてでもという気持ちはある。あるがそれをすれば間違いなく独立後にはマイナスになるはずだ。そこは耐えた。「もう、このマイナスとのお別れまではカウントダウンだ」と。

退職の準備が整い、退職届を出す。当然上司は引き留めた。それなりに仕事はできるほうだったからだ。仕事ができるから独立を志向したわけでもあるが、「独立しても食えないかもしれない」と上司は止めてくる。だがすでに数か月も前から退職については考えていたことだ。上司には悪いが固辞し、退職が決まった。

退職が決まると不思議なものだ。あれほどまでに嫌だったマイナスが気にならない。無敵の人というわけではないが、もうじきやめるというのは気が楽である。あとは退職の日まで、引き継ぐ相手に仕事の説明をするだけだ。もう上司も他の先輩方も仕事に対して何かを期待してくることもない。淡々と退職の日を迎えるのみ。

もちろん、頭の中には退職後の事で頭がいっぱいである。溜まっている有給休暇の消費の事もあり、実際の退職の日付よりも10日早い退職が決まった。そんな事務的な手続きも不思議に重く感じない。もう終わって新しい世界に羽ばたく頭の中はそれしかないのだろう。

「送別会をしようと思っているんだ」同僚がそう言ってくれた。これを断る理由もないから受ける。そんなにお酒を飲まないが、このメンバーで飲むのも最後だと思い、3日前の送別会に参加した。

退職の日まで残り3日を切ると、それまで何とも思わなかった職場との別れが少し気になりだす。もちろんもうここから離れられることは本当は嬉しい。トリガーのきっかけとなったマイナスともお別れだ。だがやはり10年働いた職場である。もうじきお別れかと思うと寂しさが襲ってきた。恐らく送別会をしたからだろう。

「お世話になりました」最後の日は寝坊して遅刻しかけたが、かろうじて間に合った。そしていよいよ定時となる。そのまま上司や他の同僚たちに挨拶をして帰り支度。「お疲れさまでした」「新しいところでも頑張って」といったあいさつを受けながら職場を後にした。事務所の入っているビルを出る。このビルは他の会社も入っているビルだから、他の会社の人たちもビルから出て行った。そんな中ビルに向かって深くお辞儀をする。そして心の中で「お世話になりました」とつぶやく。

ーーーーー
「習慣は怖い怖い」翌日の朝、飛び起きてふとそう思った。さすがにそのまま着替えて職場に向かうことは無いが、この日は平日である。いつもなら職場に向かってあわただしく準備をするのに、今日はその必要はない。もう一度ベッドの布団をかけた。
「でも、あと10日はあの職場で籍があるんだよな」そう、退職はしたが書類上はまだ属している。今日は溜まっていた有休消化の初日に過ぎない。

「でも今日からは、独立しての仕事それも自宅での仕事かあ」すでに取引先を持っている。その気になればこのまま起きて取引先相手に仕事をすることも可能だ。だがそれは午前中からする必要ない。
「というか、今日は休もう。明日から新たな一歩への始動だ」そう心にとどめると、もう一度のベッドの中にうずくまるのだった。


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