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眠れない夜に 第985話・10.6

「後片付けって明日でいいな」今日この部屋に引っ越してきた。親元から離れ、夢のひとり暮らしが始まったのだ。
 親元にいるときは、許されないであろうことも、自分の判断で決められる。引っ越しで段ボールに入った多くの荷物も、明日ゆっくりと整理すればよい。明日も休みを取っている。何しろ引っ越し業者を頼んだとはいえ、最もリーズナブルなコースを選んだ。このコースの場合基本的に荷物を運ぶことしかしてくれない。つまりそれ以外のことはひとりでやった。
「ファアアア! もう疲れたから寝ようか?時間は早いが、明日早起きすればいいや」ほかに誰もいない部屋でそう呟くとベッドに入る。

「あれ」とりあえずセッティングを終えたばかりのベッドにて、横になってはみたが、見事に眠れない。あれだけ疲れてあくびも連続して出たはずなのに、急に目が冴えてしまったのだ。
「え、なんで、あんなに眠たいのに、急に冴えたよ。いやそのうち眠れる。目をつぶって力を抜こう」
 そう思って実践した。ところが意識しすぎたのか一向にうまくいかない。そのうち呼吸の動きまでも意識し始めた。できるだけ何も考えずにナチュラルにしているつもりが、余計に気になってしまう。挙句の果てには息を吐くタイミングと吸うタイミングの時間差とかが気になりだす。

「ダメ、ダメだ!」諦めたのか、いったん起き出した。「眠れないないなら起きていよう。そのうち眠れるだろう。なあに今夜からひとり暮らしだ。夜中に何をしていようが、それを指摘する人は誰もいないさ」
 こうしてベッドから起き上がる。とりあえずスマホチェック。寝始めたときは早いと思っていたが、気が付けば深夜の日付が変わっている。まあ特に誰かからメッセージも届かないし、適当にネットを徘徊することにした。

「飽きたな。よし寝よう」2時間くらいは遊んでいたのか、再びベッドに横になる。ところが不思議なことにベッドで横になり、眠ろうとすればするほど目が冴えた。引っ越しして初めての場所で、初めて眠るからだろうか?やけに興奮してしまったようだ。

「おいおい、ダメだ、なんで!」ちょっと嫌な気持ちになった。あれだけこの日が来るのを楽しみにしていたのに.......。
 実家から遠方にある大学に合格し、親元を離れた。大学はまだ始まらないが、とりあえずその場所に慣れようとばかりに、先行して引っ越しをする。前の日までは実家にいたときは親が「あれこれ」と、うるさいとことが多い。それらから全て解放されたのに、なんで束縛されているとき以上に、眠れないのだろう。

「空でも見ようか?」窓を開けてみた。周りには段ボールの山があるが、それは気にしない。夜空を見る。雲はないのか半分くらいの月が美しく輝いていた。本当はほかにも星が浮かんでいるのかもしれない。だがあまり興味がなく、また月と比べるとどれも小さいから気にもならなかった。

 夜空を見たのは20分、いや30分かもしれない。ようやく落ち着いたのかベッドに戻る。そのとき体が段ボールに強めに当たり、段ボールが横になって中に入っているものが散らばった。

「ああ、ダメだ。仕方がない。ちょっとやるか?」結局明日やろうとしていたことを夜中に始めた。電気をつけて、ひっくり返った段ボールの中に入っている、いろんなものをいったんすべて出す。そのあとはあらかじめ決めていた場所に移動させる。こうしてひとつの段ボールの作業が終わったとき、「どうせ眠くないから、やっちゃえ」となり、結局残りの段ボールの整理も始めた。段ボールの作業は単調であくびが出る。
 そのつど「寝よう」と思ったが、そうすると興奮。それ以上にベッドの上が作業場と化してしまい、もはや眠れそうにない。
「一生懸命やったら疲れて眠れる」そう信じて後片付けを淡々と行う。さあ、数時間もやっていると、あれだけあった段ボールはすべて空っぽ。夜中中に作業が完了してしまった。

 時計を見る。まもなく午前5時になろうとしていた。「あ、もうたぶん」もう一度空を見た。そらは少し青色らしいものが混じりこんでいる。つまり朝になろうとしているのだ。

 結局朝になるまで眠れられないまま、日が開けようとしている。「ダメだ、興奮して全然眠れないや」やや投げやりだが、もうどうでもよかった。無意識の徹夜は、不思議と感覚が研ぎ澄まされているようだ。
 朝になるとスマホでチェックする。いつもなら目覚めてなのに今日は起きたままチェックした。その中で必ずすることがある。その日の記念日をチェックすること。「あ、今日10月6日って『夢をかなえる日』って!夢どころか、全然眠れていないのに!」と朝から少し嘆いた。

 だが本人は気づいていない。初めて親元を離れて、ひとり暮らしを始めるという「夢」がかなっていることを。

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シリーズ 日々掌編短編小説 985/1000

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