客として見た帰りに? 6.25

「でもこうやって客の立場としてみるのは面白かった」風林ハウスの真中俊樹が運転する車の助手席には、受雷工務店の竹岸涼香が座っていた。「でもばれたらいろんな意味でまずかったかもしれないわ」

 このふたりライバル会社の営業同士ながらも、気が付けば意気投合している。デートのようなことも重ねるようになっていた。だがまだ付き合っているとかパートナーという段階までは来ていない。

「それにしても、今日の竹岸さんの格好にはビックリしました」俊樹は改めて涼香の姿に不思議と高揚する感覚を覚える。

「え、これ」いつもの職場で見る涼香は、上下ともグレーのスーツ姿であることが多い。だが今日は全く違うピンクで、フリルがついたワンピース姿。花柄でリボンがついたガーリーな格好だ。いつもなら髪を後ろで結んでいるのにそれも肩まで下ろしていた。

「それはそうよ。だって真中さんが遠方の住宅展示場で他社様の家を見に行くって提案しましたよね」「え、ええ勉強になるかなと」
「それでひとりで行ったら絶対怪しまれるから、こう恋人同士っぽく誘ってきたんですよね」

「え、ええ。竹岸さんの勉強にもなるかと......」と、あくまで冷静な俊樹。

「でしょう。だったら。これくらいしないと、スーツなんか着たら相手にバレちゃうじゃん。なのに真中さんは」対照的に俊樹はスーツ姿。ネクタイこと外していたが、もしネクタイをしていたらどっちが営業担当なのかわからないくらいである。
「そ、そうだね。わざと今までにいた嫌な客の真似をして、下品な態度とったけど、バレたかな」ハンドルを握りながら俊樹は小さく舌を出す。

「あの演技、私笑いをこらえるの必死でしたわ。アハハハ!」涼香は声に出して笑う。思わずその方を見る俊樹。涼香の普段見ない可愛い笑顔に、思わず心臓の鼓動が鳴る思いがした。

 ちょうど夕暮れどきに差し掛かる。助手席方向から、オレンジの光が入り込む。「まあ、きれい」「おお、夕日かあ」俊樹は一瞬助手席の報に視線を送る。夕日に照らされてややオレンジ色に輝く涼香。完全にリラックスした表情で、うっとりとした目をしている。それを見た俊樹は、再び心臓の鼓動が鳴るのを感じ取った。
「やっぱり今日は休日の気分ね。仕事していたら全然気づかないわ。あ、そうそう、真中さんこの後の予定は?」「え、いや......特にないですが」

「もしよろしければこの後一緒に食事でも!」今日の涼香は積極的。完全にペースにはめられている。
「え、竹岸さん明日は?」「明日も休み連休よ。真中さんは」「あ、同じです。というより明日は、展示場自体が休みですからね。じゃあどこ行きます」
「どうせなら今日は私お酒が飲みたい気分なの。今日はお互い考えることも多かったし」涼香は助手席からの夕焼け方面を見つめつぶやく。やがて太陽は建物の中に隠れていった。

「うーん。弱ったなあ、車だし。そうだテイクアウトしてうちで食べますか? もし展示場とは正反対のように汚い部屋でよければですが」

 涼香は笑顔でうなづき、その提案を受け入れた。

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「え、全然きれいじゃないですか」俊樹の部屋に初めて入った涼香。全く抵抗なく部屋の様子を楽しそうに眺めている。
「いえ、女の人、それも他社の人を入れるのは初めてで」俊樹は戸惑いながら買ってきたテイクアウトの食べ物のパッケージを開けた。

「もう、今からは会社のこと忘れましょう。私たちは会社員だけどその前に大人の男女だし」先ほどから涼香はやけに積極的。何か企んでいるかのように感じる。だから俊樹は少し警戒しつつあった。だが涼香の姿や時折見せる表情が、本当にかわいくて仕方がない。
「お酒、ビールですか」俊樹は冷蔵庫を開ける。「うーん、ビールはトイレに行きたくなるから、ワインとかがいいわ」

「あ、ワイン。安いのならありますよ」俊樹は冷蔵庫の横に無造作に置いている赤ワインのボトルを手にした。
「真中さんお疲れ様です」「竹岸さんお付き合いありがとうございました」

 グラスに注がれた赤ワイン。そして彩られたワインレッドは、落ち着きのある大人の色をしている。ふたりはそのままグラスを傾けて乾杯した。そして買ってきたピザやパスタなどを淡々と食べていくふたり。
 同時に会話が盛り上がる。最初はこの日、恋人同士のふりをして他社の展示場を回った時のエピソードだったが、やがてプライベートなこと、話せる範囲でのお互いの会社のことを語り合った。

 どんどん話が進み、気が付けばワインのボトルを2本空にしてしまう。このころにはふたりとも酔っていたが、さらにお互いの距離が近くなっている。涼香が特に俊樹に寄り添うように近づいていた。
「た、竹岸さん! 今日は飲みすぎたみたいですよ」
「へえ、大丈夫。私はまだいけるわ」と言って手酌で、ボトルに赤ワインを注ぎ。一口飲む涼香。目は座っている。

「あのう飲みすぎたら、帰れなくなりますよ」「帰れなく、帰れなかったらなんだっていうの?」「いや、そのう、あのう、まずくないですか」酔っているだけでなく、完全な絡み酒。俊樹は初めて見る涼香に驚きのあまり目が見開く。
「何で!」ややドスが効いたような涼香の声。完全に酔っぱらっているのだろう。俊樹は立ち上がり、涼香を早く帰さなくてはと考えた。ところが涼香もふらつきながら立ち上がると大声を出す。
「ねえ! だったらさあ、真中さん。いや今は俊樹さんと呼ぶ。あなたと私は今日、偽物の恋人同士だったわよね」「え、ええ竹岸さんそうです。仕事の一環というか」
 涼香に対して冷静を装う俊樹。だが涼香は酔った勢いでさらに積極的になっていた。

「もう竹岸なんてやめて、涼香って呼んで!」「え、あ、あ、はい。り、涼香さん」「どうせなら、私たち偽物ではなく本物になってみない?」
「え、それは......」俊樹は思わぬ告白のようなものを受けて戸惑った。確かに俊樹は涼香のことが気にはなっている。
 だが明らかに酔っている涼香。これは酔って訳が分からなくなっているだけなのか? それとも酔った勢いで本音が出ている? 頭の中で考える。だが俊樹も結構ワインを飲んでいるから頭が十分に回らない。

 涼香は視線をグラスに向けるとワインを一気飲み。すると俊樹のほうにすぐに顔を向ける。その目はさらに酔いが加速化している。どことなく怪しさを感じつつも不思議な魅力的な表情。そしてまたしても大声を出す。

「スカーレット!」

「え、す、スカ?」俊樹は涼香の言っていることが分からずに聞き返すだが涼香は何も言わない。黙って俊樹にせまってきた。思わず俊樹はソファーに倒れこむと、そのまま涼香も倒れこむように近づいていく。
 そして涼香は次の詩を、スローな速度で語りながらゆっくりと俊樹に迫ってくる。目は鋭く舐めるように俊樹を見つめた。俊樹は体が硬直。そしてついにふたりの顔は数センチ以内に近づいて......。

私に相応しいのは純白ではないわ。
私は、燃えるような赤だけが欲しい。
ラストダンスに命捧げこのまま赤き蝶になる
私を止められるものなどいない。
私を振り向かせられるのは苛烈なまでの燃える情熱だけ。
私が燃え尽きる程じゃなきゃいらないわ。
貴方には、その覚悟がおあり?


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