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佃煮を求めてきた小さな町 第524話・6.29

「この辺りだと思ったのだが。どこかで道を間違えたか」目の前に小川が流れる町を歩きながら不安になった。途中までは順調である。幻の佃煮があると聞いてきたこの町。ところが駅を降りてバスに乗り換え、バス停で降りて歩いてみたらこのざま。一体どこに来たのかわからない。そもそも降りた駅、あるいはバス停が正しかったのか? それすらわからないのだ。

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 ではなぜ佃煮を求めたのだろう。それは今から半年ほど前の話。中途半端に時間が余ったので、図書館で暇つぶしをすることにした。特に目的もないが、吸い込まれるように立ち寄る。「何か良い本がないかな」と図書館を見渡していたら、ある文字が視線に突き刺さった。それが『佃』
「これなんて読むんだ。最初はそれが気になった。「ニンベンに田んぼ」この漢字の成り立ちが気になる。「田んぼで耕す人かあ」
 気が付けば、佃と書いている本を手にしていた。空いているテーブルに座って読んでみる。このあとこの漢字を「つくだ」と呼ぶことを知る。

 どうやらこの本は佃煮についての本だったらしい。最初は佃煮の由来のようなことを書いていた。「徳川家康が大阪市西淀川区の佃というところにいた腕の立つ漁師を江戸に呼び寄せ、隅田川河口・石川島南側の干潟を埋め立てたのが佃島。うん、知っているこれ。もんじゃ焼きで有名な月島の近くだよな」などと頷きながら読み進める。すると「佃島の漁民は悪天候で漁ができないときや出漁時に船内で食べるための保存食として、自家用で小魚や貝類を塩や醤油で煮詰めていた。その小魚が大漁のときはその保存食を大量に作ったので売り出したのが始まり。なるほど、それが全国に広まった。それで佃煮なのか」頭の中で自問自答するように佃煮の知識を得る。

 結局気になってこの本を借りる。家でも読む。全国の佃煮の名産地のレポートなどがある。そして最後のページ。ある小川が流れた町小さな漁村だろうか? 小川を遮る堤防が深くなっているのが印象的だ。「洪水対策なんだろうなあ。でここに幻の佃煮があるのか?で場所は」ところが不思議なことにこの佃煮のことを写真付きで紹介しているのに、肝心の場所が書いていない。他の佃煮の名産所はある程度の住所やアクセスが明記している。だがここはシークレット扱いなのか? それが書いていない。

 それでもじっくり見ると書いていないことはなかった。小さく書いている節がある。だがなんて書いているのかわからない。図書館で多くの人が借りるためなのか? 借りた人物が何かをしたのかわからない。ただ言えることは、そのページが剥げていてはっきり見えないのだ。

「一体どこなんだ気になる」まるで読者をあざ笑うかのようなシークレット情報。一体ここがどこなのか、必死で探す。スマホでその場所を撮影し、それを拡大する。あるいはその画像データーをパソコンに取り込んでさらに調査。そんなことをしていると、断片的であるが、住所やアクセスが見えてきた。

「よし、行ってみよう。幻の佃煮を求めて」

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 借りた本を返してずいぶんと経っている。それでもいつか行きたいと思っていたこの町。電車を乗り継ぎ、バスに乗ってついに来た。雰囲気は写真で紹介されている漁村に似ている。だが本当にそこなのか全く手掛かりがつかめない。

「いいや歩いてみよう。この小川を下れば海のほうにいける。よし海の近くに行けば佃煮を売っている商店があるかもしれない」そんなことを思い、小川を眺める。小さな川は高い堤防があってその場で川の流れが見えない。でもこの小さな町を分断するように流れる小川。途中いくつもの小橋が架けられていた。その中のひとつを渡る。少しだけ階段を上がってかかる橋。そのまま歩いて橋の途中に来れば、川の流れが確認できる。この日は天気もよく水の流れは知れていた。それでも明らかに流れる方向は確認。「よし、の方向に歩いてみよう」

 川の流れる方向に歩く、スマホを手に見ると間違いなく海に向かっている。「15分ほどだな。幸いにも川沿いに道が続いているぞ」川の流れを頼りに海方向。周りには2階建ての木造住宅を中心に、ときおり3・4階程度の鉄筋の小さなビルがある。その背景には小さな山が迫っていた。威圧的に見えるが、それをカバーするように新緑の字かなグリーンによって視線を潤わせてくれる。

 やがて川にかかる最後の橋を越えると目の前に広がる海。ここは湾内にある小さな漁村。だから波はほとんどなく穏やか。それでも海とわかる潮混じりの風が体全体を覆いつくす。

 海に到達すると町の方向を歩く。海は漁船が停泊している。それを左手に見ながら、ただ歩いて行った。さて中心部の近くだろうか? 数軒の旅館があり、それを囲むように商店がある。それはコンビニのような近代的で無機質なものではない。昭和、いや大正のころから続いていそうな木造の個人店が並んでいた。

「この中にもしかして」少し期待を持ちながら店を眺める。やがて「鮮魚店」の字が見えた。その魚屋には、とれたてと思われる大小の魚が販売している。すでに午後を過ぎてるから魚の数は3分の1。そしてその横に透明の四角いパックが並んでいるのを発見する。そこには青いマジックで金額と思われる数字が書いてあった。そしてその中についに念願の佃煮を見つけたのだ。

「これ?」だが一瞬目を疑った。見たところ、どこにでもありそうな小魚の佃煮にしか見えない。「本当に幻の佃煮なのか?」しかし時刻を見ると午後4時を過ぎていた。間もなく夕暮れどき、これ以上いたらやがて店は閉まり、次に佃煮が登場するのは次の日になるはず。「これと言うことにしておこう」そう自分自身に言い聞かせて、目の前の佃煮を購入。こうしてスマホの地図を頼りに最寄りのバス停に向かい、そのまま帰った。

 その日の夜さっそく食べた。どこにでもある佃煮の味。白いご飯との相性はばっちり。でも普通の佃煮と違う気がした。これは半年近く追い求めていた幻の佃煮。本当はどこにでもあるのかもしれないが、追い求めていた当人にとっては間違いなく幻の佃煮なのだろう。



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シリーズ 日々掌編短編小説 524/1000

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