見出し画像

深夜に遭遇した存在達

「あれ、あんなところに食堂?」自転車を漕いでいた俺は、目の前に赤い提灯がぶら下がっている建物を見つける。
 今日は急ぎの案件を処理する必要があった。だから帰宅が遅くなったのだ。時刻はもう深夜だろうか? どうやらスマホを職場で忘れたらしく、今の時刻がわからない。俺はそれだけ疲れていたということだ。

 店は見たこともない大衆食堂。同じ道を何度も自転車で通勤しているのになぜ気づかなかったのだろう。とにかく腹が減ったので、衝動的に店に入る。中は昭和の雰囲気に満ちた昔ながらの食堂。木でできた4人掛けのテーブルが10席ほど並んでいた。カウンター席はなく、奥の厨房に視線を置くと、相当年季の入った白髪頭の老店主の後姿。注文を取りに来たのはその店主の妻だろうか、エプロン姿の老女の手を見るとしわくちゃである。客は俺の他に2組。ちょうどラストオーダーだという。

 給食に空腹感を満ちた俺は、お腹を満たすものなら何でもよいと、目に飛び込んだものを注文した。それはラーメンとチャーハンのセットだ。水を持ってきてくれた老女にオーダーする。
 改めてメニューを見ることにした。中華だけでなく洋食、和食の定番物が一通りそろっていた。一組の客が出て行く。 
 残されたのは俺とひとりの女性だけだ。俺の注文したチャーハンとラーメンがテーブルに置かれた。ラストオーダーということでその場で清算とのことだ。俺は千円札を1枚渡すと、お釣りの200円が戻ってくる。

 俺は一目散に目の前の食事にありついた。味わうなんてものではない、口のほうから器に近づける。まるで蓮華や箸の移動距離と時間を短縮するかのよう。本当に腹が減っていたようだ。そうだ今日は昼食べる余裕がなかった。
 俺は犬のように必死になって食べる。だから味はするが、はっきり美味しさとかそう言うのを感じない。ただ口から歯で噛み砕かれた食材の破片が喉から胃に入っていく。空腹だった胃袋にどんどん食べ物が入っていく感覚。それがとても心地よいのだ。

 10分が経過した。すでにチャーハンの皿にはご飯粒ひとつも残っていない。またラーメンの鉢を見ても、麺や他の具材はもちろんのこと、満面に入っていた茶色みがかったスープすらも残っていない。パーフェクトな完食だ。

 既に清算を終えていた俺は「ごちそうさまでした」と一言伝えると、席を立つ。店内からは『ありがとうございました』の声。
 そのとき俺はふと気になる視線を感じたので左方向に振り向くと、まだ席にいた女性の姿。赤い服を着て肩まで髪をたらしたその女性は、後ろを向いているので彼女のものかどうかわからない。 

 俺は自転車を乗ろうとする。すると先ほど店内にいた女性と同じ姿の女性が目の前に現れる。もちろん店内の女性の顔は見ていないのだが、赤いワンピースの服や少しパーマがかかったような肩までかかる髪型がそっくり。少し気味が悪い。その上その女性は鋭い視線をこちらに向ける。
 だが何も語ることなく、すれ違う際もずっと俺のほうに黙ったまま視線を送ってきた。
「不気味な奴」と思ったが、相手をすると何されるかわからない気がしたので、俺は徹底的に無視した。
 その女性はすれ違ってからもなお定期的に視線を送るが、気にせずに自転車を漕ぎ始める。

「あれ? どこだここ」俺は走っている道を間違えたのか、見たことのない光景だ。もちろん夜遅いからと思ったが、しばらくして現れた急な坂を見て「違う? え! どこ??」と完全に道を間違えたようだ。
「どこで間違えたんだろう。だから知らない食堂か」スマホを忘れたし、位置関係がわからない。でも引き返そうとは思わなかった。先ほどの不気味な女性の前を通り過ぎるかもしれない。それだけは避けたかった。

 仕方なく前を進む。しかしどのくらいあるのかわからない坂の角度。どう考えても漕げる状況ではなかった。だからその後自転車を押してあがる。「あ!」俺は相当疲れていたのか? 坂道の途中で横にある溝に自転車を入れてしまう。
 見るとそこには水が溜まっている。俺は自転車を引き上げようとした。そのとき見えたものに対して俺は目を見張った。なんとそこには小さなワニが数匹いる。

「何でワニが... ...」大きさはおそらく手のひらに乗るほどだから、それほど恐れるほどではないのだろう。だけどしっかりとワニの形をしているし、ちょうど口を開けているのがいる。その口からの鋭い歯は大人顔負けだ。
「あれに自転車のタイヤかまれたらパンクする」俺は慌てて自転車を引き上げる。自転車を引き上げて前を見ると、今度は少し大きめのワニが数匹いた。「え、何 なんで!」

 俺は慌てて坂を下りようとする。ところがその坂にはなぜか水が溜まっていた。さらに自ら出てきたのはしっかりとした大人のワニ。これはひとたまりもない。ワニはゆっくりと俺に向かって歩いてくる。「う、ぅああああ!」俺は叫びながら必死に体を浮かせて、ワニに接触しないようにした。

ーーーーー
 その瞬間俺は自分の部屋にいた。
「ゆ、夢!」どうやらテレビを見ながらこたつの中で寝てしまったようだ。
 確かに昨日は仕事が遅かった。どうにか終えて帰ってきたのは夜遅くだ。とりあえずこたつに入ってテレビをつけてからの記憶がない。服もスーツを着たまま。
 とはいえ今日は男の会社は休み。時計を見ると午前10時を過ぎていた。ちなみにスマホはスーツのポケットにしっかり入っている。

 消さずに寝てたために、そのまま映っているテレビ。この時間は情報番組を放映している。ちょうどラーメンとチャーハンが人気という大衆食堂の紹介が終わったところ。次の話題として動物園のワニの赤ちゃん誕生であった。
 飼育員が、生まれて間の無いワニの赤ちゃんを手のひらに乗せている。それを紹介しているレポーターの女性は、肩まで髪をたらして赤いワンピースを着ているのだった。


こちら伴走中:10日目

※次の企画募集中
 ↓ 
皆さんの画像をお借りします

画像で創作1月分

こちらもよろしくお願いします。


※その他こちらから「旅野そよかぜ」の電子書籍が選べます

https://www.amazon.co.jp/s?i=digital-text&rh=p_27%3A%E6%97%85%E9%87%8E%E3%81%9D%E3%82%88%E3%81%8B%E3%81%9C

ーーーーーーーーーーーーーーー
シリーズ 日々掌編短編小説 368

#小説 #掌編 #短編 #短編小説 #掌編小説 #ショートショート #30日noteマラソン #大衆食堂 #ワニ #赤いワンピースの女性 #夢

この記事が参加している募集

おうち時間を工夫で楽しく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?