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習慣にしていること 第993話・10.14

「いつもの習慣だ」そう言って、窓の外からの景色をじっくりと眺めているのは、パートナーの英国人ジェーンから「エドワード」と呼ばれている江藤だ。

「今日の雲はどんな形をしているのか」江藤は、毎日空を眺めて浮かんでいる雲を見ながら想像をしている。別に昔からしているわけではなく、このまえの冬から始めたことだ。ではなぜこんなことを始めたのか?それは冬に飛行機に乗った時のことである。

 その日、江藤とジェーンは北海道に向かう飛行機の中にいた。最後方にある2列しかない座席。ジェーンが「流氷」を見たいと言い出したのがきっかけ。「エドワード、北海道多分寒いよね」通路側にいたジェーンがつぶやく。
「だろうな、確実に氷点下じゃないか」何気なく答える江藤、ジェーンは不思議そうに首をかしげると。
「でも、エドワード、氷点下だったら凍るよ。流氷って海から流れてくるのに、海が凍ってたら動かないよ」とジェーンは疑問をぶつける。だが、江藤はこのからくりを知っていた。

「だと思うだろう。でもジェーン、海は真水とは事情が違うらしい。一応氷点下 -1.8度くらいから凍るらしいが、それは海の中でも真水の部分だけで、塩の部分は吐き出されるそうだ。どうやら塩を含んでいると低い温度でも凍りにくい。もちろん究極に低温になったら凍るかもしれないが、流氷が登場するくらいの温度だと海の水は凍らないらしい」
 ここぞとばかりに「どや顔」で、うんちくを語る江藤。だがジェーンは途中から嫌になったようで、江藤の話をそこそこに、飛行機の窓を見て叫ぶ。「ねえ、エドワード、あれ、The shape of that cloud is interesting!(あの雲の形面白い!)」とジェーンが話を遮るように指をさす。

「うん?」江藤は窓を見た。江藤は窓際の席ということもあり、飛行機の外の風景が良く見える。とはいえ今まで見ていなかった。窓側を選んだのは江藤が窓の外を見たいのではなく、ジェーンが気軽にトイレに行きたいから通路側を選んだからに過ぎない。
「あれ、何か魔人のように見えない?」ジェーンが指さしたのは離れた場所にある雲。実際の距離はどのくらいだろうか?雲は目の前で見たら恐らく霧のようなものに過ぎないと思うが、遠くから見ると本当に大きな人の塊に見える。

「魔人、確かに、天上界にいる存在なのかもしれないな」江藤はそう呟いたが、こうして窓を見ると本当に不思議だ。高度はどのくらいだろう1万メートルくらい上空を飛んでいるのか?よくわからないが、雲が下にあることは間違いない。本当に綿のジュータンのように雲が下に広がっている。また上の方にも雲が見えた。いったいどのくらいの高さにある雲なのだろう。
「昔の人は天国とか天界と言って雲の上に人とは違う世界を想像していた。確かにこれを見ると、そういう世界に見える。だけど」江藤はここで首をかしげる。ライト兄弟とかが飛行機を発明する前まで、こんな雲の上の風景をどうやって人は見たというのだろう。なんとも不思議だ。

「エドワードトイレ行ってくる」ジェーンは立ち上がって後ろにあるトイレに向かった。江藤はその間も雲を見ている。急に雲という存在が不思議に感じ始めたのだ。
「本当にいろんな形に見える。それも一定していなくて徐々に形が変わっていく。まあ飛行機が高速で移動しているから。当然なのだろう。
 ジェーンが戻ってきたが江藤はずっと雲を見ている。ジェーンは呆れた表情をしながら、座席にもたれて目をつぶった。

「お、綿のじゅうたんに近づくぞ」江藤は心の中でつぶやく。あれからずっと飛行機の窓にくぎ付けである。やがて飛行機は樹端に突っ込むようになった。それまで青空のような世界が、突然雲の中に入り込んだので見えなくなる。そして少し機体が揺れた。その後再び視界が開けると、下界の建物が見えてきた、間もなく着陸である。

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「あれからだよな。雲にはまったのは」江藤はあの日以来毎日雲を見ることが習慣になっていた。もちろん飛行機のように雲を見下すようなことはできない。常に見上げて雲を見る。ジェーンが大魔神と言っていたような立体感ある雲は下からは見えない。

「エドワード、また雲見てるんだ」いつの間にかジェーンの姿。「ああ、日課だからな。あの日から雨の日とか雲ひとつない快晴が嫌いになったよ」
「ふーん、そう」ジェーンも空を見上げる。
「私は秋の雲より夏の雲が好きかな。海の上に浮かぶソフトクリームみたいな大きいの」ジェーンが想像しているのはまさしく入道雲のことのようだ。

 だが江藤はそれを聞いて少し顔をしかめた。「それって、積乱雲だよな。俺あれは......」実は雷が嫌いな江藤、いつも雲を見るのは習慣だが積乱雲だけは苦手なのだ。

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