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彗星内の生活 第849話・5.22

「たまには外の世界も見たいな」僕は直径数十キロほどの小さな星に住んでいる。この星はある恒星の周りをまわっているが、その軌道が非常にいびつで、恒星に近づくときの距離と遠くなるときの距離が極端に違う。いわゆる「彗星」と呼ばれる星の軌道を回っていた。

 ではなぜ僕がこの小さな彗星に住んでいるのか、今から1000年近く前に別の惑星から宇宙船に乗っていた数十世帯の家族がこの星にたどり着いたという。どうして母星から離れたのは、伝わっておらず理由は不明。不明ではなく封印されているのかもしれないが、そのことを問うこと自体が、この星にたどり着いた世帯の家族の末裔である僕たち同じ星の住民にとっては、タブーなのだ。

 この星は凍った水でできていて、少し岩石が混じっているようなところがある。先祖たちは宇宙を旅するほどの文明を持っていたので、この星に到着すると、地下数百メートルくらいの場所に集合住宅の塊を造った。世代を重ねることに人口が増えたので拡張され、いつしか地下都市となり、今では数万人が住んでいる。

 また同時に食料となるものを製造する地下工場まで作っていた。不思議ではあるが人工の光に照らされて大量生産される野菜エリアがある。さらにその隣には、食用の肉と魚を育てるところがあった。水そのものは地下に都市を造る際に削った氷が大量に出てきたものを使用する。それを貯蔵して少しずつ溶かし、さらにろ過して使用するので飲む際には問題はない。

 僕はこの星に生まれ育ったが、外の世界をほとんど知らなかった。ただ宇宙服さえ着れば地下都市の外、つまり彗星の地表面に出られるようになっていて、そのツアーも行われている。だけど半年前からそのツアーも地表面に出ること自体も中止となっていた。

 その理由を聞くと僕は余計に外を見たい衝動に駆られている。どうやらこの彗星は、今最も恒星に近づきつつあるという。だがそれは地下深くで頑丈に守られている地下都市内であれば全く問題がないが、地表面については非常に厳しい環境となっており、宇宙服を着ていても命の危険があるのだという。

 ただあと1年ほど我慢をすればそのような事態から解放される見込みであると当局は伝えているが、それまで数少ない楽しみのひとつだった地表に出かけられなくなったこと。それに対して住民たちはみんな不満に思っていた。

「行ってみたいなあ」僕は3年前に1度だけ外に出たことがある。そのとき、宇宙服を着て地表に出ると、氷の上を歩きながら外の世界が見えた。若干風が吹いているくらいで、そこは宇宙空間の暗闇の世界だったけれどよく見ると遠くに何か見える。同行したガイドによれば、その見えるものとは恒星で、この星は彗星としてその方向に近づいているようなことを言っていた。

「何か方法はないのかな」僕はとにかく外を見たいから、このタイミングで外に出られないか探してみる。すると、探せば見つかるもの。当局に内緒でひそかに外に出られるツアーをしている闇業者がいたのだ。

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「以上が注意事項です。もう一度言いますが、当局に見つかっても自己責任でお願いします」闇ツアーの業者はそう言って僕に作業服と偽物の証明書を発行してくれた。この証明書があれば、今でも地表に出られるエリアに進むことができるという。

 僕はその証明書とともにそのエリアに来た。業者からのレクチャーにしたがってエリアの関係者と同じ作業服を着て関係者を装う。こうして相手に悟られることなく中に入ることができた。だが後で聞いた話では業者とその当局の一部がひそかに結託しているとかで、売り上げを山分けしているという。3年前の3倍もの料金がしたこの闇ツアーならありえそうな話だ。もちろん真実かどうかは別として、とにかく地表が見たかった僕は、いよいよ地上の施設に上がれるエレベータに乗った。

 エレベーターはゆっくりと上昇をする。「3年前の倍の時間がかかるのかぁ」やはり地表は緊急事態とあることがうかがえた。
 こうして僕は星の地表と同じところに来た。かつては地表ツアーで多くの人でにぎわっていた100人程度が滞在できるホールも静まり返っており、観測する専門家数人だけがそこにいる。
 今いる場所は、地表の中でも山になっているようなところの中にあり、直接地表面に出ていない。そしてここから見える正面のドアを開けた先の小さな部屋こそが地表面から直接さらされている部屋である。3年前では宇宙服に身を包んでからその部屋に入った。その部屋には前方と横とそしてドーム状の天井に大きな窓がある。そこからは外の様子が見られるし、3年前の当時は先にドアがあり、ドアを開けると地表に出られるようになっていた。今はもちろんそのドアは厳重に閉ざされていて、部屋の中では専門家による観測が行われている。僕は専門家のふりをして部屋に入った。そのとき僕は思わず驚きの声を上げようとしてぐっと抑える。

 3年前とは別世界。窓の外はまるで猛吹雪のように雪のようなものが舞っていた。それが猛スピードで上昇している。さらに風が吹くたびにきしむような音と揺れが激しい。頑丈に出来ていて、今回の事象でも耐えられる計算で作られているはずの建物。だが、この時想定外の事が起こった。突然警報ブザーが鳴りだす。
 それまで静かに観測をしていた数名の隊員が突然あわただしく立ち上がると、走って逃げるようにこの部屋から出ていく。僕は一瞬、何が起こっているのかわからない。このときは本当に緊急事態だったようで、隊員のだれもが取り残された僕に気付いていないようだ。

 取り残された僕が慌てていると、今度は突然停電になった。真っ黒の世界。外の激しい嵐だけが目立って見える。きしむ音から漏れているのか強い風が笛の音のように聞こえた。さらに激しい音がする。
 僕はここでようやく慌てて逃げた。ドアに手をかけ、体が半分入る。だがその時、今まで聞いたこともないような大きな破壊音がした。僕はその方向を見る。その驚く姿を一瞬見たが、間もなく意識を失った。

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 気が付いた時には、地下都市内の病院に運ばれている。話を聞けば僕が体半分は行ったところで、窓ガラスが割れて、完全に部屋が破壊されてしまったのだという。手前のホールも立ち入りが禁止され、今専門家を含め誰一人として地表には出られなくなったのだ。僕は破壊の瞬間を見た直後に僕は気を失った。だから僕は偽の証明書でそのエリアに入ったことがばれてしまう。治療が終わって病院を退院すれば、そのまま犯罪者として警察に出頭することになってしまった。

「君は初犯だからうまくいけば執行猶予がつくかもしれん。そのためには司法取引が必要だ。直前に見たものをスケッチできるかな。今、この星は恒星に最も近づいている。だからこの星がどういう状態になっていたのか。君が見たものを描きたまえ。そえが結構貴重なデータである可能性が高いのでな」

 威厳のある口ひげを蓄えた医者がそのように僕に言ってきた。だけど僕は絵心がなくスケッチができない。しかし、僕はツアーを申し込んだ闇業者からあるものを装着されていることを思い出した。それは着ていた作業服のあらゆるところに小型カメラを設置していること。どうやら僕にツアーに行った際にその映像をひそかに録画するのだという。僕が戻ったら闇業者がその映像を編集し、高く売りつけようとしていたようなのだ。

 僕は医者にその旨を伝えると、医者は口元を緩め、さっそく僕の服から小型カメラを見つけ出す。そのまま病室を出て行った。
 数時間後先ほどの医者がが笑顔で戻ってくる。「安心したまえ、これで恐らく君は無罪放免になるぞ。それほど貴重な映像が撮れたようで、研究機関もみんな驚いている。どうだね君も記念に見てみるか?」

 元々外の世界を見たいと思ってまで侵入した僕は断る理由もない。医者はベッドの枕元にあるモニターからその画像を再生してくれた。
「こ、これが外の世界」僕はその画像を見て驚きのあまり声が裏返る。「そうだ。君がいたあの位置はちょうど、この彗星が恒星に近づいたことで、吐き出された尾が出ている地点に非常に近い場所だったようじゃ。普通ならとてもできないことを、結果的に君がやったことになったんだ。まさに君は冒険者だな」 

 その光景は見るだけで鳥肌が立った。部屋が破壊され恐ろしいほどの白い物質が大量にとてつもなく高速に天に向かって飛び立っている。部屋の残骸もその物質として天高く吹き飛ばされていた。またその吹き出し口の中心付近は非常に強い光を放っていた。僕は瞬時に救助されて助かったが、あと一歩間違っていたら巻き込まれて確実に死んでいただろう。巻き込まれたらひとたまりもない恐るべき世界。僕は彗星に住むことの本当の怖さを知った瞬間であった。


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