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やってみた 第1090話・1.26

「一年前のような失敗はしない。さて出かけよう」森下はそう心に呟いて玄関にむかう。森下は現在浪人生である。いよいよこの日昨年のリベンジを果たすべく2年目の大学受験に向かう。
「昨年の失敗はたしか」靴を履きながら森下は考える。昨年は無謀なことをした。現役の高校3年生の時、本来の成績で行くのは少し難しいのではと思われていた大学を志望する。先生は反対したがあえてチャレンジした。「無理かどうかやってみないとわからないし」と自らの意思を曲げない。

 受験までの1か月は猛勉強した。しかし、1か月ではそのレベルに達していなかったようだ。見事に受験に失敗し、浪人という道を選ぶ。

 浪人生という立場は微妙であった。予備校に通いながらもう一度チャレンジすべく同じ志望校に水準を合わせている。これほどまでにこの大学に行きたかったのはもはや明確にはわからない。
 だが無性に「この大学に行きたい」という欲望がますます起き上がっている。
  こうして勉強を開始した。春からスタートして夏前までは順調に勉強ができている。しかし、夏になると誘惑が襲ってきた。毎年夏と言えば常夏の海で数日間バカンスをすごすのが恒例である。これまで夏休みを使ってそうしてきた。だがこのときは迷ったのだ。「もしバカンスを楽しんで、その結果また受験に失敗したらどうしよう」という具合に。
 だが真逆的な別の考えもあった。「ここでいったんリフレッシュ休暇という考えもある。今までの方法で秋から冬にペースダウンしたら元も子もない。だから休もうかなあ」

 バカンスを取るか取らないかはギリギリまで迷った。結局、後者を選んだ。やはり夏のバカンスは外せない。こうしてバカンスの間だけは一切勉強の事を忘れ、毎年のように楽しんだ。

 という休憩が少しだけ挟んだが、それは正解だったようである。戻ってからも勉強に集中した。勉強と休みのメリハリをつけることで効率よく、必要な知識が脳裏に入ってくる。
 やがて、秋を迎えると休日のたびに図書館に向かった。図書館でも自習の勉強はできるがそれが目的ではない。完全に頭をオフにしようと図書館に行く。図書館以外のオフにすると、集中力が途絶える恐れがあった。あくまで勉強ではないが本を読むという癖をつけることで、集中力を温存する。
 実際に夏のバカンスが終わったときも少しだけ集中力が途絶えかけた。そこから復帰するのに2・3日を要したのだ。

 やがて寒くなり冬を迎える。いよいよ受験の時が迫っていた。模擬試験では昨年より成績が上がっている。完ぺきではないが頑張り次第で目標としている志望校へ合格できる可能性が高まった。
「最後の一息だ」クリスマスや年末年始、お正月も含めそれらの行事は一切封印する。ただ机に向かって勉強をした。このときは徹夜もはじめている。徹夜することで本当に頭に知識が入るのかは微妙だ。だがしないと落ち着けない。このころには、もはや寝る時間そのものが惜しく感じていたのだ。

 もちろん、徹夜の翌日は強力な睡魔が襲ってくる。これには素直に従った。徹夜と眠くなればすぐに寝るという行為の繰り返し、完全に生活リズムとしては不規則だが、それでも確実に知識が頭の中に刷り込まれ、脳にインプットされているという自覚がある。
「あとは、自分の力を存分に発揮するそれだけだ」前の日はそう気合を入れた。そのまま徹夜して挑むか、ぐっすり寝てから挑むかは迷う。だからこれまで通り体にゆだねる。結局興奮してしまい眠れそうになかった。完全に冴えた意識だから、あえて徹夜という行為にでる。一歩間違えれば、試験中に睡魔が襲うというリスクを冒してでも自らの体の状況にゆだねるのだ。

 家を出て試験会場に向かった。そして試験が始まり予定通り問題を解いていく。その時の脳裏にはやはり一年前の同じ時を思い出す。あの時も決して厳しいとは思わなかった。だが解ける問題があの時よりもはるかに増えていることを考えれば、一年間の蓄積が生きているのだろう。

 こうして試験は終わった。あとは結果を待つだけである。「今度は行ける。そう信じたい」森下はそう呟きながら家に戻る。だが電車に乗り込んだが前の日から徹夜していたこともあり、試験が終わったことへの安ど感がそれをプラスし、睡魔が急速に襲ってきた。そのまま眠ってしまい、駅を乗り過ごしてしまう。
「あ、ここは」電車は終着駅に到着していた。ここは都会の終着駅で、周りは繁華街だ。「まあ、1年封印していたから」と思った森下は、この日はそのまま繁華街に出て、一年ぶりの開放感を味わった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 1090/1000
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