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四国の東・阿南までと阿南から  第550話・7.26

「ここが阿南駅か、何もなさそうだな」大輔は徳島県阿南市に来た。彼は本州の岡山から瀬戸内海を渡り四国に上陸する。別に観光できたわけではなく、ふたつの目的を果たすために阿南に来た。

 阿南の駅に到着したのは夕方。駅前に数軒のホテルがあり、先にそのホテルの一室をチェックインする。荷物を置くと休む間もなく、その先につづくストリートに向かって歩いた。ここにはいろんな店があるが、いわゆる商店街のような密集をしていない。だから開放的な雰囲気がある。
「えっと、あそこだな」大輔はひとつ目の目的を果たそうとしていた。それは3か月ほど前の出来事がきっかけである。

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「キャー」大輔が岡山駅近くの繁華街を歩いていると、突然聞こえた女性の声。その方を振り向くと、すぐ近くで小学生の子供が足を滑らせて倒れていた。そしてそこにめがけて急ブレーキの音を鳴らしながら、トラックが迫っている。大輔は慌てて子供を救うために道路に飛び込む。間一髪子供を救い出せた。「あ!」だが大輔の左足がわずかにトラックに接触。トラックは間もなくして停止した。大輔は衝撃で足を負傷したが、ほんのかすった程度である。後で医者に行けば、骨などに異常のない打撲と診断され、大事には至らなかった。

「あ、ありがとうございます!」子供を抱きながら大輔に必死に礼を言う女性。大輔は足を引きづって病院に行こうとしたが「子供を助けてもらった」と言うことで一緒に病院まで立ち会ってくれた。
 何度も頭を下げる母親。大輔はそこまで恐縮にされて帰って申し訳なく感じた。「無事でよかったです。あとレントゲンを撮るみたいですが、それほど痛くありません。たぶん大したことないでしょう」と笑顔になる。
 そこから少し会話をすると、この母親は、徳島県の阿南駅近くで居酒屋を経営しているのだという。
「もし、もしも、阿南に来られるときにはぜひ」と店のネームカードを渡される。店に来たらお礼がしたいとのこと。
 こうして母親と別れ、足を少し引きづりながらもそのまま家に帰った大輔。家についてもらったネームカードを見る。「徳島の阿南か、ん?」大輔はこのとき、10年ほど前の出来事を鮮明に思い出した。そしてこうつぶやく。「阿南、ぜひとも行かなくては」

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「いらっしゃいませ」大輔が店に入ると、和服でかっぽう着姿の女将がいる。この女将は3か月前の母親だ。ここはカウンターが数席あるだけの小さな店。居酒屋というより小料理屋のようにも見える。「あ、え、あの!」女将は、大輔を見るとすぐに思い出す。
「本当に来てくださったんですね。ありがとうございます」ほかに客がいない早い時間ということも幸いした。ここで女将となった母親との会話が弾む。

 女将は感謝と言うことで、大輔が注文もしていないのに、地元の高級な食材を出してくれた。
「これはサービスなので、あの子の命の恩人ですから」「あのときのお子さんは?」「俊樹は今夏休みなので、鳴門の実家に帰っています」とのこと。「そうなんですか、俊樹君元気かなと思ったんですが、会えなくて残念だ」そう言いながら大輔はビールを口元に近づけた。

 女将はの主人は2年前に家を出てしまった。別に女ができたという。残された女将は、小学生の俊樹を育てながら居酒屋を切り盛りしている。女将の人となりが良いので、地元の常連客が多い。だが彼らは遅い時間に集まるそうだ。
「ごちそうさまです」「今日は本当にわざわざ阿南まで来て下さり、ありがとうございました」
「いえ、実は阿南で行くべきところがあったので、そのついでです」
「行くべきところ?」「ええ、この阿南の近くにある岬。そこに行きたいのです」「そしたらお車で来られたんですか?」
「いえ、明日レンタカーを借りていくつもりです」と、大輔は正直に答えた。

 ここで何を思ったのか女将が意外なことを言い出す。「もし嫌でなければ、阿南の岬、私案内しますよ。明日車出します」
「え? でも、そんな。お店は」「明日定休日なんですよ」と女将は笑った。

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 翌日の午前中。大輔はあらかじめ伝えておいた駅前ホテルのロビーに降りてくると「あ、どうも!」と女性の声。よく見ると女将である。
 だが服装が違って緑のワンピース姿。そして髪も降ろして若々しい。大輔は昨日とのギャップに思わず慌てた。
「え、じゃあ僕より3歳年下!」車の中でふたりは、プライベートの話をするほど親密になっている。助手席で女将の本名、美鈴を見る大輔。見れば見るほど美しく感じた。

 車は阿南の駅から南方向。県道沿いに進む。並行してJRの線路が通じていた。やがて線路とは別れ山の中に入って行ったが、途中の道を左折する。「もう少しで岬に到着しますよ」美鈴が声をかけるが、大輔は視線を遠くに見据えたまま黙っていた。
「もう、引きづってはいけないんだ」

 実は大輔が阿南に来たのは2回目である。1回目は10年以上前、まだ社会人2年目の20歳代前半のころだ。
「うぁあ、きれい。ねえ、あの先に島がある!」当時大輔は交際中の智子とこの場所に来ていた。ふたりにとっての初めての宿泊デートは四国。
 智子が行きたいところを探しては「ここに行きたい」とリクエストした。そして大輔が徳島駅前からレンタカーで運転していろんなスポットを回る。だから阿南の駅前には来ていない。「途中から道が狭いな」といいつつ、到着したのが四国の東にあたる岬。そこには竜宮神社があり、その先に灯台があった。
 あのときを機に、結婚を意識するようになるふたり。半年後に、正式に婚約した。ところが結婚まであと1ヶ月と言うときに、智子が交通事故に遭ってしまう。意識不明の重体で、長い間昏睡状態が続いたが、その1年後に目覚めることなく他界した。

 大輔は智子との別れがあまりにも悲しく、生涯独身で行こうと考えた。その結果、以降は誰とも付き合っていない。
「でも、いつまでも引きづっている場合ではない」そう考えたのは3か月前。そう女将である母親・美鈴からもらったネームカードに『阿南』の文字を見つけてからであった。だからふたつめの目的。この思い出の岬、智子との思い出にピリオドをつけようと考えたのだ。

「間もなくですね」と美鈴の声。だが大輔は「あれ、こんな感じだったかな」と疑問に思った。もちろん10年前の記憶だし、あれから道路事情も変わるだろう。それにしては妙だ。道路は走りやすくなっていて、どうも雰囲気が違う気がした。しかし地元阿南で居酒屋を経営している美鈴が向っているのだから間違いはないはず。だから口を挟まない。

「到着しました。蒲生田(かもだ)岬です。ここが四国最東端になるんですよ」駐車場に車を止めると、美鈴は灯台の方を案内してくれた。
「変わったなあ」大輔は10年前とのあまりにもの違いに驚きつつ、美鈴の後をついていく。すぐのところに、石の真ん中をドーナツのようにくりぬいたモニュメントがある。
「あ、あれは 恋の歌 句碑ですね。私たちは関係ないけど、多くの男女のデートスポットです」と美鈴は少し照れながら紹介する。
 大輔は首をかしげながらついていく。しばらく遊歩道を歩くと灯台が見えてきた。

「はい、ここです。蒲生田岬灯台。ここから北側が瀬戸内海らしいですね」とガイドをしている。「違う!」思わず大輔が口走った。
「え!」美鈴はこのとき内心焦った。どうやら場所を勘違いしたようだ。「実は、僕10年前に婚約者だった人とここに来ました。その人は事故で亡くなったのですが......」
「あ、はい」「そこも四国の東の岬と言ってたのですが、どうしてもこの風景とは合わないのです。灯台の形も違う。それから岬の先に小さな島が見えたんです。それにあそこまでの道は非常に道路が狭かった。さらに目の前に竜宮神社があったのを覚えています」

 美鈴は目を見開きながら、大輔の言っている岬が、どこなのか頭の中で考え出す。「あ、竜宮神社。それは刈又埼灯台の方です。この岬のすぐ北側にあります。すみません。すぐそっちに行きましょう」
 間違いに気づき慌てる美鈴だが、大輔はそれを制止。
「いあ、あ、いいです。もうここで十分。お気持ちだけで、わざわざ行かなくても。それにもし行ったら悲しくなるかもしれません。でもこの岬の北側にあるんですね。それだけで本当に良いです。今日はお休みのところ、僕のためにありがとうございました」大輔はそう言って頭を下げる。実は少し感情的になっていた。それを抑えようと必死。
「わかりました。では戻りましょう」と少しテンションを下げた美鈴は、駐車場に戻った。

 こうして車は来た道を戻る。「あ、ちょっと立ち寄りますね」と美鈴は嬉しそうな表情をしながら、途中の駐車場に車を止めた。「ここは?」戸惑う大樹に「降りてみてください。この先がおすすめなんですよ」と美鈴。そのまま大樹はついていく。やがて海が昼がる場所に出た。「あれ見てください。あれが刈又埼になります」美鈴が指示したほうを見る大輔。目の前に広がる海の先には、長い陸地が続いているところがある。そしてさらに右側には島影が見えた。
「あれが、10年前の......」大輔はついに目から涙があふれ出る。

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「本当にお休みなのにありがとうございました」「いえいえ、私の方こそ、最近男の人とドライブをしてなかったので楽しかったです」と美鈴は笑顔で運転する。
「あ、あのう、この後の予定は?」「え、いえもう目的を果たしました。僕は何もないですが」
「もしよろしければ、この辺りもう少し観光で案内しましょうか?」「え、そ、そんな」「大丈夫です。今日は私、暇ですし、ここよりもさらに南にある日和佐もおすすめなんですよ!」

「あ、そうなんですか、だったらよろしくお願いします」と大輔は、助手席で頭を下げた。こうしてふたりのドライブデートは続く。そしてお互いに、なぜか不思議な縁のようなものを感じ始めていたのだった。



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シリーズ 日々掌編短編小説 550/1000

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