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遠未来の七夕 第895話・7.7

「しかし遥か過去の伝説の物語を、こうやって実際にできるツアーが実現できるとはな。いやいや良い時代に生まれたものだ」
 白髪交じりの彼はそう言いながら、あごにわずかに蓄えた髭を右手でゆっくりとなぞっている。彼のいる建物のすぐ目の前はビーチになっており、小さな子供たちが来ている服を、海水で濡らしながらはしゃぎまわっていた。

 彼はそんな光景をほほえましく思いながら、空を見るここからふたつの宇宙船が到着するのを待つ。彼はツアー会社の社長で、この日初めて行われる企画ツアーのクライマックスを待っていた。これは21世紀とか西暦で呼ばれていた時代よりもはるか未来の物語である。

 彼はツアー会社を起業した十数年前のこと。ちょうどその頃、最新の宇宙船が開発された。それは時速10光年の速度を持つ超高速船、もちろんワープという方法をもちいるので実現しえたものである。
 まだ研究用だったその宇宙船を彼はいち早く手に入れようとしていた。その理由は、遥か太古に伝わる七夕伝説をリアルに実現しようというツアーを考えていたからだ。

 研究用に開発された宇宙船はやがて量産化され、民間でも手にないるようになると、彼は真っ先に購入した。まだ破格の値段であったが、彼はあえて投資することに決めたのだ。それも1隻ではなく、2隻同時にである。

 それから彼が自ら命名した七夕ツアープロジェクトがスタートした。企画内容はこうである。これは男女のペアーで申し込んでもらうツアー。男女は恋人同士が理想であるが、夫婦だろうが親子、兄弟誰でも良かった。また同性愛者でも参加できるようにと、男同士や女同士の参加も認めている。ようはふたりで申し込むツアーというわけ。

 ツアー参加者は当日朝に、まずはそれぞれ別の星に向かってもらう。男性は彦星(アルタイル)を周回する惑星Yに宇宙船で単独で向かわせる。地球からYまでの距離は17光年ほどなので2時間で到着。そして女性は織姫星(ベガ)を周回する惑星Xにもう一隻の宇宙船で向かう。地球からの距離は25光年なので2時間半と少し遠い。

 その後、両方の宇宙船が、いま彼のいる惑星Zに向かう。惑星Zは彦星と織姫星のちょうど中間に位置する小さな惑星。それぞれからの距離は7.5光年ほどであった。

 これらの惑星は彼がツアーを始めるずっと前から人が住める星とわかると最も早い段階で開発が進んでいる。彼が購入した前の宇宙船は時速3光年程度と3分の1の速度しか出なかったが、人の往来に致命的に時間がかかるわけではない。そのため彦星のY、織姫星のX、そして中間星のZは開発が進み、いずれもリゾート地としての人気があった。だがまだ両者を結ぶようなツアーは、なぜか今まで実現していない。

 理由はあらゆる星はあくまで母星である地球との往復でつながっているので、他の星同士の路線がない。やはり地球から離れていることが困難にしていた。だが、それを彼がチャーターのツアーとはいえ、初めて実現させてみたのだ。

 前日から立ち会うためにZ星に来た彼は、最終チェックを済ませて宿泊。 翌7月7日の朝7時に地球から織姫星の惑星Xに向かった女性ツアー参加者、そしてその30分後に同じく地球から彦星の惑星Yに男性ツアー参加者が向かったことを確認する。
 今回は事前にモニターとして募集したメンバーで、半額で参加できる内容。男女とも10名ずつが参加した。彼の本位としてはやはり男女ひとりずつが理想であるが、今の宇宙船の乗員50名のものをひとりのために運用するのはあまりにも経費がかかる。仕方なく乗合船として男女別れての参加となった。

 こうしてそれぞれの星には午前10時前には到着する。ここで2時間ほどの自由時間を経て正午にいよいよ双方の星から、中間星Zに向けて出発したことを確認。

「予定では後5分だな」彼は時計を眺めると、立ち上がり建物の外に出た。Zはリゾートのために開発された星。海も遊べるように改良されており、先ほどの子供たちだけでなく大人たちも遊べる。まもなく到着する宇宙船で男女が再会したら、このリゾートのホテルが用意され、地球に戻るまで3日間の自由時間があるという。
「さて、現在の牛郎織女はどんな再会を見せてくれるかな」

 彼はビーチの上にいる。予定ではこの位置の水平線の上から宇宙船が入ってくる筈だ。彼が先ほどまでいた建物の後ろが宇宙船の発着場所。まだ男女はそこでも再会せずバスに乗り、いま彼がいるビーチまで案内される。そこで感動(といっても当日の事だが)の再会ができるというわけだ。

「さあ、来たな」彼が望遠鏡でながめていると、青空の中からひとつの点が見えてきた。ほどなくして背後からもうひとつの点が見える。それぞれの星から7.5光年の旅を終えた2隻の宇宙船がゆっくりと向かっていた。

「よし、最後まで慎重にな」彼のつぶやきがそれぞれの宇宙船に聞こえることはない。だがこれが成功すれば、初めてリアルな彦星と織姫星から7月7日に男女が会えるという七夕伝説が初めて成功するのだ。


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