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1964年の出来事  第547話・7.23

「なにこれ、古びた看板ね」日本語が得意なイギリス人ジェーンは、エドワードこと江藤と、昭和レトロな建物を再現している施設の中にいた。「これ親父の世代とかだったら『懐かしい』となるんだけど、平成生まれからすると、昭和って遠いような近いような気がするな」
 それを聞いたジェーンは時間を確認した。「エドワード、そろそろ東京駅に行こうよ。キャサリンが東京に来る」
「わかってるよジェーン。博多から新幹線で来るんだよな。でも飛行機のほうが楽なのにな」「彼女は小倉からよ。どう来ようかは自由。確かのぞみで来るといってたわ。もう彼女とは久しぶりなんだから」
 キャサリンとは江藤とジェーンが知り合った同じ大学の仲間で、今回は数年ぶりの再会であった。
「でも、ちょっと待ってくれ、急にトイレに行きたくなってきた」江藤はお腹を押さえながら、近くにあった施設内のトイレに吸い込まれていく。

 それから10分以上が経過。一向に江藤が出てこない。「もう、あと30分で彼女が来るのに......。エドワード何やってんの!」
 ジェーンは苛立った。時計を見た。「もう、間に合わない。悪いけど先に彼女迎えに行こうかしら」ジェーンは江藤を放って先に駅に行こうとしたが、ここで急にトイレに行きたくなる。「ち、仕方ない」駆け寄るようジェーンはトイレに入ると、用を済ませた。
「ふう、すっきりした。さてちょっと走ればいいか」ジェーンはトイレから出る。ところがトイレから出ると風景が違っていた。
「あれ、今の公衆トイレ?」先ほどのレトロな建物が並ぶ施設内ではなく、外に出てしまった。
「ま、いいか。えっと東京駅はどっちだっけ」ジェーンはスマホでチェックしようとした。ところが圏外になっており、時刻も含め何も表示されなくなっている。
「え、何壊れたの? もう、困ったなわね。まあでも、ここから近いはずだから」ジェーンはそのまま歩きだす。やがて大きな道路にでて、東京駅を指し示す看板があった。「あれね」とジェーンはその方向に行く。ところが歩いているうちに不思議な違和感がある。「あれ、何か変?」ジェーンが見ると風景が違う。明らかにレトロ感満載の車が往復しているし、ビルの数も随分少ない。「あれ、ここ本当に東京駅の近く......」首をかしげながら駅前に来た。「東京駅は間違いないわね」そのまま新幹線の乗換口に来てみる。そこでも不思議な光景。「あれ、何で?」ジェーンが驚くのも無理はない。まず新幹線の路線図が新大阪駅までしかない。加えて、ひかりとこだまだけしかないのだ。「あれ、何? あの古臭い新幹線!」
 周囲を見ると「祝!東海道新幹線開通」と書いている横断幕を発見した。「え、これってどういうこと、新幹線が開業したって、まさか半世紀以上前にタイムトリップ??」ジェーンは、突然1964年にタイムトリップをしてしまったのだ。

「夢よね、そう夢」ジェーンはこぶしで思いっきり自分の顔を叩く「イテ! あれ、夢じゃないの。どういうこと何、一体」ジェーンは急に不安になる。「これマジなの。そういえばみんな服装が違う。だったらキャサリンは来ないわね。あ、エドワードは、ねえ、どうなってるの!」ジェーンの不安は急に大きくなる。スマホを見ても圏外のまま。
「ち、ちょっとだけか助けて、HELP!」
 ジェーンが思わず声を出す。すると「Um, are you okay?(大丈夫ですか)」と日本語なまりの英語で話しかける男の声。ジェーンがその声の方向に見ると、日本人の青年である。
「あ、私は日本語OK!」とジェーン。若者は安心した表情になり「日本語大丈夫ですか。OK。えっと、何かお困りごとでも」と話しかけてきた。
「まさかタイムトリップなんて信じられないから」ジェーンはそう考え「どうも道に迷ったみたいで、どうしようかと」と、適当なことを言ってごまかした。「それは困りましたね、えっと」青年は、戸惑いながらジェーンを見る。
 ジェーンはスポーツ万能な白人女性。よく見ると腕の筋肉が着ていたTシャツの袖から見え隠れしていた。
「あ、わかりました。オリンピックの会場ですね」「え?」ジェーンは意外なことを言われて目を見開く。
「ところで、あなたは何の競技に出られるのですか? 実は、今から開会式を見に会場に行くので、そこまで案内しましょう」「あ、あのう私、選手では、ないのですが......」

「え、あ失礼」青年は慌てて頭を下げる。
「あの、あなたは、オリンピックの開会式を見にいくのですか?」「ええ、そうなんです。そのために新幹線で静岡から」
「へえ、それは良いですね。なんとなく羨ましいわ」とジェーン。すると、青年は、ジェーンの顔をじっと見つめると、ここで意外なことを言い出した。「あ、じ、実はですね。チケットが2枚あって、ひとり急用が出来てしまい、僕ひとりで来たんです。で、あ、あのう、一枚余っているので、もし、この後予定とかが、な、なければ......」と、突然青年にナンパされるジェーン。
「え、わ、わたし?」ジェーンは一瞬考えたが、この状況では江藤とも会えそうにない。「あ、いいですよ。私、時間あります。そうだ、私はジェーンと言いますが、お兄さんのお名前は?」「あ、え、え、ぼ、ぼくは茂です」と気恥しそうな青年の茂。聞けば今年19歳だという。

 こうして、ジェーンと茂は、1964年の東京オリンピックの開会式を見に行った。「うぁあ、やっぱり迫力あるわ」「そ、そうですね」セレモニーが続き、今度は各国の選手が入場していくところ。「あ、私の祖国イギリスだわ!」「あの、い、イギリス人だったのですか?」
 アクティブなジェーンに終始圧倒される茂。ときおり靡く金髪も見ていて美しい。しかし日本選手団が見えたところで、今度は茂のテンションが上がった。「ああ、来たぞ!」
 こうして各国選手の入場が終了し、再びセレモニーが続く。「あとは聖火を見ないと」と、茂が言っていると、突然体を前後左右に動かすジェーン。「ど、どうしました。ジェーンさん」「あ、ご、ごめんなさい。茂さん、ち、ちょっとトイレに行ってきます」といって席を立つ。慌ててトイレに駆け込むジェーン。トイレに入って用を済ませる。

「ふう、ほっとした。あれどこかで見た風景ね」トイレでつぶやき、水を流してドアを開ける。「ええ!」すると、意外な風景にジェーンの声が裏返った。
 そこは、ジェーンの自宅である。「おい、どうした。トイレで大声出して」「あ、エドワード!」ジェーンは思わず江藤に抱き着く。「な、なんだ。どうしたジェーン。やめろ。キャサリンが笑っているぞ」ジェーンが見ると、キャサリンが羨ましそうな表情をしていた。「You guys love each other!(あなたたち、お互い愛し合ってるわ!)」「あ、キャサリン。久しぶり!そうだ迎えに行けなくて」
「そんなの必要ないわ。すぐ近くまでマップのアプリで来たわよ」と、アメリカ人のキャサリンも、流ちょうな日本語で返した。
「さ、ジェーン間もなく始まるぞ、オリンピックの開会式」江藤に言われ、3人で2021年の東京オリンピックの開会式を見る。

 3人は開会式を静かに見る。「私、前回のリオネジャネイロの大会は、現地で見に行ったんです」とはキャサリン。ここで「どや顔」と言わんばかりに胸を張る。「へえ、すごいね。キャサリン」と江藤は感心するが、ジェーンはなぜかムキになり「私もさっき見てきました。1964年の東京オリンピックの開会式」と言い出した。
 この言葉に思わず目を合わせる、江藤とキャサリン。その直後、同時に腹を抱えてふたりは笑った。

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 さてほぼ同じ時期に、別の場所で開会式を見ているのは祖父と孫。「じいちゃん、やっぱり一緒に見よう」と祖父の部屋に入ってきたのは孫の大樹である。「おう、そうじゃな一緒に見よう」と迎えるのは祖父の茂。しばらく静かに見ていたが、大樹が口を開いた。
「じいちゃんは、前の東京オリンピックのときも」「おう、覚えておる。実は開会式にも見に行ったんじゃ。当時は19歳。大樹より若いな」
「へえ、そのときの話、聞きたいなあ」開会式の中継をそっちのけで、大樹の興味は茂の若いときのことに興味を持つ。
「おう、新幹線が10日前に開業して、それに乗って東京に行った。当時は新幹線の速さに、目を回したな」「へえ、じゃあ、おばあちゃんと」
 しかし茂は首を横に振る。「いや、まだあいつと知り合う前じゃな。実は気になる女の子を誘って、チケットを二枚用意したんじゃ。だけど急に行けなくなって、仕方なくひとりで行った」「へえ、ひとりか、それは寂しいね」

「ところが、東京駅で白人の女性と出会ったんじゃ。わしはてっきり選手かと思ったら違った」「白人? アメリカ人、て、じいちゃん英語しゃべれるの?」「いやイギリス人と言っていた。ところがその女性はな、日本語が達者じゃった。選手ではなかったが、時間があるからと、急遽その白人の女性と一緒に見に行った。

「え、それって!」驚く大樹。「ああ、非常に興味深かった。金髪がきれいで、本当に明るく元気な女性でな。まるで未来から来たみたいじゃったぞ」「へえ、その人の名前は?」
「えっとな。あ、そうそう、ジェーンとか言ってたな。ところがじゃ。間もなくセレモニーが終わる前に、その女性がトイレに行って、それからどこか消えてしまった」「ありゃりゃ」
「まあ、白人はやっぱり白人が良かったんじゃろ。わしのような日本人だといろいろ大変じゃ。と言うことで、前回のオリンピックの開会式では、見事にフラレタかのう。ハハハハハッハア!」と茂は大笑い。

 ところが大樹は真顔になる。「でも、それ。よかった」「どうしてじゃ?」「だって、もしそのイギリス人とじいちゃんが、そのまま一緒になったら、ぼくも父さんも、この世には......」という。茂は再度大笑い。「た、確かにな、そうじゃ、結果的にはな。ハハハッハハハ!」と先ほどに増して大笑い。それには大樹もつられるように笑うのだった。




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シリーズ 日々掌編短編小説 547/1000

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