404美術館 第1034話・11.27
「ここか」長い時間をかけて、いろいろ学びなおすことにした私は、最初にとあるビルの前に来た。
私がネットを徘徊していたときに見つかった場所。気が付いたらネット上で得体のしれないリンクをたどったので、本当は危険なはず。
なのに無意識に私の意識がリンクを旅するようにたどっていき、気が付いたときに見つけた場所。私は学び直す最初にここを選んだ。
その場所が指示した場所は、私が住んでいるところから電車で2時間くらいのところにあった。
私がいつも住んでいる町よりも5倍くらい人口の多い都会に私は来ている。だけどその町は年に1度も来ない。だから見たこともないような知らない風景がつづいていたが、私はそのビルが並んだ無機質な街をある方向に足を動かしていた。
「たしかこのあたり」私はスマホで場所を探しながら、あっけなく目的地の入っているビルを見つける。
「えっと、4階、404号室ね」私は10階建ての小さなビルの中に入った。恐らく昭和時代に作ったであろうやや古びたビルの廊下の奥に、エレベーターがある。それから10人も乗れないエレベータを待つ。すぐにエレベータが来たので4階を選んだ。
「こんな小さなビル、それもたった一室なのに、こんなところに美術館があるのかしら」私はネットで見つけたときもやや不思議に思ったが、実際にその場所に来て余計に不安になる。
「いや、もう戻れない。行くしかないの」私はエレベーターが上昇を続けている間に大きく息を吸いこむと、しばらく息を止めた。そのあとゆっくり吐くと、ちょうどエレベータは4階に到着する。
エレベーターのドアが開く。雑居ビルらしい無機質な廊下が続いている。401から順番にドアがあり、ドアには聞いたことのない小さな企業の名前が書かれたプレートが続いている。やがて到着した404号室は最も奥のようだ。
「ここね」私は404号室の前に来た。来たがとても美術館があるとは思えない。ほかの部屋のようにドアには何も書かれておらず、ただ壁と同じ白っぽいドアがポツリとあるだけ。見ると窓もなかった。
「本当にここ?」私はドアをノックしてみる。だが反応がない。しばらくしてからもう一度ノックした。だが同じだ。
「鍵がかかっているのかなあ」私はドアノブに手を置き、ゆっくりと回す。するとドアが開く。
私はドアを開けて中に入る。そこには何もなかったが、5メートルくらいの奥にもうひとつドアがあった。そのドアは、先ほどのドアと違ってウッディな茶色をしていて、木目のようなものも見える。近づくと本当に木でできているようだ。
「あ、ここには」私はそのドアに「404美術館」とはっきりと書いているプレートを見つけた。「間違いではないようね」私は改めてドアをノックした。だがここでも反応はない。
「開いているかしら」私はドアノブに手を置く。するとやはりカギはかかっていないようだ。ドアを開けて中に入る。
一瞬真っ暗な空間になっていた。「え、何?」私は全身から鳥肌が立つ。だが、2・3秒ほどでその不安は解消された。暗闇が徐々に明るくなる。すると広い空間になっていた。見るとその空間には絵のようなものが多く飾られている。
「ようこそお待ちしておりました」突然私の右斜め後ろから声が聞こえた。私はその方に無理向くと、藍色のスーツにワインレッドの蝶ネクタイ姿をした男性がその場にいる。
「え、えっと」
「あなたがこちらに来ることは知っていました。ネットで私たちの404美術館をよく見つけられましたね。さあ、どうぞ私どもの作品をご自由にご覧ください」
男性はそういうと律義に頭を下げる。「あ、あのう、入場料は?」私が咄嗟に堪えると男性は口元を緩めゆっくりと横に首を振る。
「そのようなものはいりません。さ、どうぞ。是非この中からあなたのお気に入りの絵を探してください」
男性にそういわれ、私は順番に絵を見ていく。建物や風景の絵が並んでいるが、いったい何の技法で描いたものか、見た目が写真にそっくりだ。かといって写真ではない。よく見るとそれは非常に繊細に描かれた絵のようである。私はとりあえず一通り見ることしようと思い、ゆっくりと足を勧めながら、ひとつずつ絵を見ていく。
絵を見ながら、私はふと疑問を思った。そもそもなんでここに来たのか?今、冷静に考えても不思議なのだ。何気なくネットを探しているうちに導かれたリンク先。そのリンク先で知らされた「404美術館」の文字と、どこにあるのかが書かれていただけ。そのページには美術館と書いていても別に事例となるような画像など貼っていない。でも私にはまったくわからないが無意識な何かが働き、その場所に行かなければならないと思った。
そう思うといてもたってもいられなくなり、気が付いたら家から2時間もかけて、都会の雑居ビルの4階の奥404号室に来たのだ。
「私は誰かにコントロールされているの?」私はすべてが不思議に思った。
もう私は誰かにすべて操られているような気がしている。先ほどの男性は美術館の人かと思ったが実は違うかもしれない。そう考えると視線では絵を見ているが、頭の中では不安がどんどん募っていく。
「私、この後どうなるの?」今、順番に絵を見に来ているが、私は本来は学び直そうと思っていた。でも絵心もなければ、普段から絵など描かない。確か最後に絵を描いたのは恐らく学生時代ろう。「なのになぜ?」
あれこれ考えたとき、ある絵を見たとき私の足が止まった。「この絵」私はその絵が不思議と気に入っている。まだ美術館はその先にもいくつもの絵があるのに、その絵から先には足が動かないのだ。
「どうやらその絵がお気に入りのようですね。いい選択肢です。この絵はリゾートホテルですよ。きっとこの絵の中で素敵な世界が待っているでしょう。さ、どうぞ」
「え?」
私は先ほどの男性が、今発した言葉を冷静に聞きながら再び鳥肌が立つ。絵がリゾートホテルを描いたものというのはわかる。だけど「世界が待っている」「さ、どうぞ」という言葉が引っ掛かる。
「まさかこの絵に閉じ込められるの。ち、ちょっと待って」私は恐怖が最大限に立つと、慌ててその場を離れようとする。だが私の体は私の思っている方とは逆方向、事もあろうにその絵の中に入ろうとしているのだ。
「あ、や、やめて、それは、ちょっと!」私はありったけの大声を出した。だが、そのまま絵の方に体が動いた。「ち、ちょっと、助けて!」
ーーーーーー
「あれ、あ、これって?」私はさきほど見た絵と同じ風景が目の前に広がっていることを知った。だがそこは絵というよりも実際にあるリゾートホテルのような気がした。また先ほどの男性もいない。
「絵の世界なの。でも閉じ込められていない。もしかして実際にあるホテルなの?」
私は頭が混乱しつつも、絵の前の風景を見た。大きなガラス窓の外に広がる木々、その先は湖のようだ。
「開けられるの?」私はおそるおそる窓を開ける。窓は普通に開き、そのまま外に出られるようになっていた。
「出てみよう」私が外に出る。途端に心地よい風が流れ静かな湖畔のテラスに出ていた。「わからない。頭が、でも、もうなるようにしかならない。この不思議な体験、本当に私にとって学び直せるチャンスかもしれないから」
私は自然とポジティブな感情を持っていた。不安もなく、心がゆったりと落ち着いている。私はこうしてしばらく湖畔を眺めると、無意識にこう思った「絵を描いてみたい」と。
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シリーズ 日々掌編短編小説 1034/1000
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