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寅の瞳 第710話・1.03

「寅って厳ついかなと思ったら、瞳だけ見るとそうでもないか」ヒトミは届いた年賀状を見ながらつぶやく。
 ヒトミは、3日に正月の余韻を味わおうと、お屠蘇を飲みながら、残ったおせちをつまみに、年賀状の絵を静かに注目している。
 今年の干支が寅ということもあり、トラの絵や写真のものが多い。イラストでかわいらしくなっているものはともかく、より写実的な絵やどこからかフリーの画像を加工した写真の年賀状が何枚かあった。しかしヒトミはその中でも、友達のフォトグラファーから送られてきた年賀状にくぎ付けとなった。頻繁に動物園に行って動物の表情を取ることを趣味としている友達は、自らの手でトラの表情を捕らえ、渾身の一枚を印刷したものを送ってきたのだ。

 トラはライオンや熊同様に猛獣であるし、迫りくる表情を見ていると確かに威圧的だ。だがヒトミは自らの名前がそのためだからか、その奥にある瞳を見るのが好き。
「美しい目をしているは、実は思ったほど狂暴ではないのかもね」ヒトミはそういいながら、お屠蘇を飲む。正月は昼間から飲んでいるためか、結構酔いが回ってきた。顔の周りが火照り、視線がぼやけ初めて来ている。だがヒトミはどうもこのトラの瞳が気になって仕方がない。 

 次の瞬間、ヒトミは突然トラの瞳以外の視界が無くなっていることに気づく「え、酔っちゃってか」と思ったら、どこかの屋外にいる。周りは草原が広がった場所。「な、なに、ちょっと、こっちみている」ヒトミが気になった視線、先ほどと同じ瞳をしたトラであった。
「え、でええ、放しがいい? ちょっっとあれれ?」ヒトミが声を出すが酔っているのかろれつが回らない。そんなことをしているうちにトラがゆっくりとヒトミの方を向いてい歩いてきた。「え、こっち、ちょ、ちょっと!」ヒトミは声を出すが誰もいない。とにかく離れようとするが腰を抜かしているのか、立てないのだ。
「や、やばい」瞳は立てないままにも後ろに動く、幸い両手と足は動くようなので、ゆっくりと手と足を交互に動かしながら後ずさり。だがトラの歩くスピードのほうがはるかに速い。
 それでも必死にあとずさりするヒトミ。いつの間にか酔いは完全に覚めている。「な、なに、私が何を」トラは表情ひとつ変えることなく歩いていて、鳴くことも吠えることもない。そして同じ瞳をヒトミめがけて視線を送り続けているのだ。

 最初は10メートルくらいあったであろうトラとの距離は、もう2・3メートルまで近づいている。ただ黙って歩くトラ。ここでヒトミは体を90度曲げて移動してみた。「もしかしたら直線しか動かないのかも」と思ったから、だがそれは見事に外れる。トラも同様に90度角度を変えて、ヒトミを正面に据えた。「い、い、いや、ちょっと、向こう言って」ヒトミは必死で抵抗する。トラはもう1メートルを切っていた。この距離であればトラがその気になれば、一瞬にして前足と口を開けるとそれだけで震えがくる牙を使って、ヒトミを致命的な状況にさせることは可能だ。
「お、お願い助けて」ヒトミは相手に通じるかどうかわからないことなど考える余裕なく両手を合わせて震えている。トラは瞳のすぐ目の前で足を止めた。「え」ヒトミが合わせたての隙間からゆっくりトラを見る。するとトラは顔をヒトミに近づけてきた。そこにはあの瞳が見える。「い、い、いや!」

 そのときまた視界が瞳以外見えないくなった。次の瞬間元の自分の部屋に戻っている。「いつの間に寝てたか」とヒトミは思った。だが夢とは思えない気もしている。なぜならば目の前の感覚が狂うほどの酔いが完全に覚めていたから。
「瞳を見すぎて、吸い込まれたのかも」ヒトミは先ほどまで眺めていたトラの年賀状を、ほかの年賀状の間に挟み見えなくした。

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シリーズ 日々掌編短編小説 710/1000

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