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おいしいお店 第999話・10.20

「周りから何も言われないから、つくってみたよ」ここは山梨県内を走っている列車の中。高校生の今治美羽は、学校は違うけど幼馴染でそのまま付き合っている尾道拓海にサンドイッチを手渡した。
「おう、美羽が作ったのか。いいねえ」拓海は、美羽の次の言葉を待つなくサンドイッチを口の中に入れる。「うん、うん、おいしいよ」と上機嫌。だが美羽はあまりうれしそうではなかった。
「でも、それ素人が作ったものだから」美羽は自信がなかった。拓海が気を使っている気がしたのだ。だが朝から何も食べていなかったこともあったからだろうか?拓海は美羽が用意したサンドイッチをあっという間に食べる。美羽も自分の分を静かに口をつけた。量は拓海の半分だ。

 列車はまもなく次の駅に到着しようとしている。「お、次、降りるぞ。善光寺駅だ」ふたりは朝早く新幹線で東京から三島まで来た後、富士駅から身延線に乗った。富士山の西側富士川沿いに列車は進みやがて山梨県に入る。そのまま甲府に向かい、帰りは中央線で東京に帰るというちょっと変わったデートを楽しんでいた。本来は列車で甲府まで行くつもりだったが、列車内で拓海が不思議な駅を見つけたので、降りることにした。それが善光寺駅である。「善光寺って長野県のイメージしかないのに、山梨にもあるのね」「だろう、僕もこれみつけたときに『えっ』と思ったんだ。けど実際に駅があるし、ここも甲府市内だから降りてみても問題ないかなってね」

 こうしてふたりを乗せていた列車は善光寺駅に到着した。後でわかったことだが、長野県の善光寺には善光寺下という駅はあっても善光寺という名前の駅は存在しない。
「さて、記念撮影でもしようか」駅に降り立ったふたりは、善光寺と書かれた、標識をバックにツーショット写真を撮る。
「SNSに乗せるね」美羽は嬉しそうにスマホを操作した。

「でも、これからどうするの、次の列車待つの」「いつ来るかわからないのに。どうせならこの駅の名前、山梨の善光寺に行こうか」
 拓海はそう言って駅を降りるが、美羽はあまり乗り気ではない。「寺に行くって、なんか年寄りみたい」と少し不満そう。
「そんなことない。僕は別に仏教とか宗教はよくわからないけど、多分パワースポットだ。行けばエネルギーが貰えるよ」
 こういってふたりは駅を降りて、甲斐善光寺の方に向かう。さっそく中央本線の高架をくぐり北方向へ。地図でみると徒歩10分程度と近い。
「あっという間だな。何があるんだろうね」拓海はただ山梨に善光寺という名前の駅があったという理由で降りたから、具体的なことは何も考えていなかったのだ。

「あ、ねえ、拓海君、あれ、大きな門が見えるよ」美羽が先に見つけたのは境内に入る手前にある山門。山門をくぐると遠くに本堂が見える。石畳の参道で、両側には立派な松の木が見えた。
「なんか、こんなデートって不思議だな」参道に入ってから拓海はつぶやく。「そうよ。私たちまだ10代なのに」
 
  とはいえ、せっかく来たのだからと、ふたりは本堂の前に来て賽銭を入れるとそのまま参拝した。ふたりは手を合わせて何かをお願いしたが、それはお互い秘密のまま。
「さて、何か美味しいものでも食べないか」参拝を終えた拓海。
「え?さっきサンドイッチ食べたよ」「ああ、あれはおいしかったが、量が少しだけだからな。もう腹減ったんだ」
 さすがに食べ盛りの高校生・拓海。美羽のサンドイッチはむしろ胃の消化器官を活発化させただけに過ぎない。

「おいしいお店とか、どこかないかな」美羽はスマホで探してみるが、甲府は初めて来た町、ガイドブックも持っていないから全く分からない。
「甲府駅まで歩いたら何かあるかもな」そう言って拓海はまた先に歩く。「ちょっと待って!」美羽は追いかけて拓海の腕をつかんだ。

 甲斐善光寺から西方向に地図に沿って歩くが、この辺りはおいしいどころか、普通に食事を出来そうなお店がない。住宅地と少し離れたところに低い山が見える程度。「作って来て正解だったわ」美羽はいつお昼が食べられるかわからなくなっていたので、サンドイッチ持ってきたことに思わず胸をなでおろす。
 やがて甲府城跡の公園が見えてきた。甲府駅は近い。「駅前なら何かあるかな」そう思いながら駅前に来た。確かに駅の北側には飲食店が多い。だが高校生のふたりには敷居の高そうなお店ばかり、「ワインなどお酒のお店は絶対ダメだし、うーん」
 しばらく歩いたが、やはりふたりの予算では到底入れそうな店は無かった。

 結果的にふたりは駅前のコンビニに行き、そこでおにぎりを買う。「うん、おいしい」拓海は口に入るものは、何でもおいしいと言っている気がする。そのことを美羽は少し気にした。だが甲斐善光寺から30分くらい歩いたからだろうか、コンビニのおにぎりはいつも以上に美味しい。

「ねえ、私たちはまだ早いけどさ、例えば今から10年後くらいに。また甲府に来ない」
「え、10年後?それはずいぶん先だな」おにぎりを3個も食べて、さすがに満足した拓海。「例えばそのころだったらワインとか飲めるし、もうお互い大学も卒業して就職している。だからお金があると思うんだ」

「そうだな。そのときには、絶対に行こうな。甲府にあるおいしいお店、お酒が飲めるお店に」ふたりはそう言いながらお互い見つめあう。10年後もこうして仲良くデートができるように願いつつ。

 


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シリーズ 日々掌編短編小説 999/1000

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