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歩いても走っても続く街 第772話・3.6

「この街から逃げる。それしかないわ」女は、ビルの1階に出てきた。おそらく1週間ほど前、女はいつものようにスーパーで買い物をした帰りのこと。突然何者かに後ろから拉致され、その場で薬を飲まされて意識を失った。そして気が付いた時には建物の一室に閉じ込められている。そしてあるとき、見張りが居眠りをしている隙を使って逃げることができた。

 だが、ここに来るまでも一苦労。閉じ込められていたのはビルの地下だったが、それが本当に深いところ地下10階以上はあろうかというところ。ここで女は地上まで非常階段をよじ登ったが、おそらく1時間近くかかった。非常口から出たところがショッピングセンターになっている。そのまま何食わぬ顔してどうにか出口に出てこれた。今頃拉致した組織が、女を探していることは間違いないはず。女は小走りにできるだけ遠くに逃げようとした。

「バスとか鉄道とかないのかしら」女がいるのは見たことのない街。大きな街なのか10階くらいのビルが平然と立ち並んでいる。車の通行もあるが、どちらかと言えば人が多い。だが街歩く人の言葉は聞いたことのない外国語よう。「そういえば」よく見れば見れば、ビルに張り付いている看板も見たことのない象形文字の羅列であった。「私外国に?何故?」女は街を歩きながら頭が混乱したが、そんなことも言ってられない。
 とにかく地上に出たビルから、可能な限り離れるしかないのだ。周りの人と言葉が通じそうもないし、ジェスチャーなどしたら余計に怪しまれそう。そもそも自らを拉致した組織の正体も全くわからないし、その目的も理解できない。だから女はできるだけ目立たないようにこの町から逃げるほかなかった。

 だがいつまでたってもバス停は見つからない。鉄道駅もだ。よく考えてみたらタクシーらしきもののすがたもない。
「これって歩いて逃げるしかないの?もう」女は愕然とした。でも、そんなことよりもできるだけ遠くに逃げるしかない。このままではいつ組織の手が迫ってくるかわからないのだ。だから必死に歩く。
「これがメインの通りかしら」女はようやく広い通りに出た。片道3車線くらいはあろうかという広い通り。この道をとにかくまっすぐに歩けば、やがて、町から外に出られるかもしれないと女は直感。

 こうして女は歩いた。ただひたすらまっすぐに歩く。だが歩いても歩いても一向に街の様子は変わらない。同じくらいの高さのビルが延々と続いている。まるで同じところを何度も行き来しているかのような錯覚さえ感じるのだ。「でも、看板やビルが微妙に違うのは確か。うん、もう少し」女はさらに歩く。歩いても歩いてもやはり同じで何も変わらない。変わったといえば、太陽の方角か?ビルから外に出た時にはほぼ真上の位置にあった太陽が、少しずつ低い位置に来ている。それは歩いている女からみて左の方角に沈んでいく。「ということはこれ北方向ね」女はようやく方角だけが理解できた。

 だが街の様子は相変わらず。気が付けば太陽は大きく地表すれすれにまで沈んだのか、急に空がオレンジに輝いた。そのあと街がゆっくりと暗くなっていく。「ここにはホテルとか宿泊場所も、多分なさそうね」女は夜になった街をひたすら歩いた。夜は照明がついたがやはり相変わらず同じようなビルの状態が続いている。「いったい、どのくらい歩いたの?」女は時刻を見たくてもスマホだとか腕時計だとかそういうのを持っていない。だからもう時間などわからないまま、ただ歩く。ただ不思議なことに歩きはじめてから、用を催すこともなければ空腹も感じない。それは、ただそれだけ緊張感が高いだけかもしれないが......。

 こうして夜の街を歩いて行ったが、やがてビルの照明が消えていくのがわかる。そういえば歩いている人も車の量も極端に減ったようだ。「深夜になったのかしら?」女は怖くなった。見る見るうちにビルの照明は消えていく。いつしか街の外灯も消えていたから、いよいよ暗闇になった。
「まずい、また組織が来たら」女はやや体を震わせるが、それでも歩く行為をやめなかった。今自分にできることはただひとつ。できるだけ組織にとらわれていたビルからどんどん離れること。それしかない。
「だ、だめ、ふぁああああ」やがて女に突然睡魔が襲う。あくびが何度も出ていて瞼が閉じようとしている。女は目に力を入れて瞼を押し上げようと必死。「まずい、このままでは倒れてしまうわ。うーん、どこかで眠れるようなところないかしら」女は必死に探すと、右手のビルが気になった。そのビルをよく見ると1階のアが開いているのを発見。
「今日はここで寝るしかないわ」女は恐れながらもビルの中に、暗闇となったビルの中に入ると、最も入り口に近い端にしゃがみ込んだ。そのままあっという間に、記憶が飛ぶように眠った。

ーーーーーーーーー

「あ、まだ暗いわ」女は目を覚ました。いったいどのくらい寝ていたのだろう。起きても暗いということは、そんなに時間がたっていないのかもしれない。だけど、女にとってはその逆。24時間近く眠っていたから丸1日たったのではと、そのくらいしっかり寝た気がする。
 すっかり目が覚めた女はドアの外に出た。「うわぁあ」ここで女は太陽の光をもろに視線で捉えてしまう。女はすぐに目をそらした。だが目は太陽光線の影響か、緑色のついたような不思議なものが目に映し出されており、視力がぼやけている。「ちょっと目を休ませるしか」女は目をつぶった。
「もう見えるかしら」女が目を開ける。そのとき、驚いた事実。それは拉致されるまでの世界、スーパーの前にいるのだ。
 右手を見るとレジ袋を持っていた。「元の世界、過去にもどっているの?」女は驚いた。そして拉致される直前の情景を必死に思い出す。
「あっちに行ったらダメ。こっちよ」女はいつもとは違う道を選ぶと、小走りで家に急いだ。

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