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禁酒期間 第723話・1.16

「先生、ここは昭和の終わりごろまで酒を造っていたようですが」「ああ、日本酒の酒蔵は、昭和の中期以降に急激に廃業に追い込まれているからなぁ」
歴史研究家の八雲と、助手で恋人の出口は、この日旅先のある町を歩いていた。この町は歴史的には有名な町で、当時の町並みが残っているためにそいう言う文化財の指定を受けている。わかりやすく言ってみれば小京都いうべき場所であろうか?
「作っていないのに建物だけは残っているのか。何か再利用しているのだろうかのう」八雲はそうつぶやきながら木造で空き家のようになっている建物を自前のカメラで撮影した。

「先生、こうも日本酒の酒蔵が消滅していくと、自動的に禁酒法に突入しているような気すら」出口は公的なときには八雲を先生と呼ぶ。
「出口君、そのようなことは言わない方が良いかもしれん。アメリカで実施された本当の禁酒法を知っていればな」
「そ、それは、すみません」出口は小さく頭を下げる。

 対照的に八雲は、思い出したキーワードをなぞるように語りだした。「アメリカの禁酒法は、1920年から33年まで実施された法律で、その内容は酒の醸造を始め、販売、運搬、輸出入を禁止した法律だ」
「それではまるで麻薬の扱いですね」「当時のアメリカでは酒も麻薬のような扱いを受けていたらしいな。法律が施行される前には結構激しい禁酒運動が起きたらしい」

「法律を変えるほどの運動だったんですね」いつの間にか、廃業となっていた酒蔵の前から、ゆっくりと歩いていたふたり。
「これが結構長い期間行われた運動で、さかのぼれば1851年には、アメリカでもっとも東北にあるメイン州では法律が可決されたそうだ。だが、南北戦争が始まってそれどころではなくなった。しかし、戦争が終わると禁酒党という政党などができて禁酒運動が再び高まった」
「では、禁酒の雰囲気は結構古くからあったと」「うむ、禁酒運動がさらに活発になり、南部の州を中心に早い段階で禁酒法が制定されたらしい。連邦国家としての法律が、1920年に施行されたということじゃな」
 八雲はそう言いながら首を動かし周囲を見る。歩きながら両端に見える木造の建物が続いている。だけどこのストリートには、あまり人は歩いていない。

「でも私たちが、週に1度はたしなんでいるアルコールが、13年間も禁止されているという話を聞くと、過去のこととはいえ、さすがに萎えますね」
「出口君、そこで出てきたのが裏社会じゃ」
 八雲は目を光らせながら語りを続ける。「0.5%以上アルコールを含有しているものが法規制対象となって、連邦禁酒法捜査官がというものが現れて町から酒は消えた。だが表向きは消えても裏では存在したんじゃ」「もぐりですか」「そう、もぐり酒場によって、飲まれた量は逆に1割増えたらしいそうじゃな」

「それでは全く意味がありませんね」
「うん、禁酒法そのものが高貴な実験と言われているほどじゃ、そしてそのもぐり酒場を牛耳っていたのが、ギャングということだな。特にシカゴ市は禁酒法をごまかすもののための避難所と言われ、アル・カポネやバグズ・モランというような輩が、酒を裏で取引することで金もうけをして、暗躍していたということじゃ」

「では、かえって禁酒法は良くない方向になったと」出口は次々と質問をぶつける。
「そう、あと酒を飲むために、わざわざ国境を越えたとか、コーヒーカップでこっそり酒を出すというのもあったそうじゃな」

 ふたりが気が付けば、古い町並みから離れ、最寄りの駅の前に来ていた。
「酒を飲む習慣があったものを突然止められても、とまどうだろう。まあ麻薬と比較すると似ているようで別物なのじゃろうな。結局、禁酒法が無くなり21世紀の現在も合法的に酒が飲まれている状況を見ると、酒を禁止するという行為は、間違いだったとなる」
 八雲は、すべてを語り終えたためだろうか? 非常にすがすがしい表情。

「さて、先生この後どうしましょう」「おう、出口君、確かこの駅から数駅先には、まだ日本酒の酒蔵が残っているところがあったはずじゃ。今からそこへ行こうか」
「つまり今日は禁酒の日ではないと」出口の一言に八雲はうなづき
「ハッハハハハハハ! そういうことじゃな、行く限りは試飲をせねば」と笑いながら言って切符を買うのだった。



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シリーズ 日々掌編短編小説 723/1000

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