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インスタントラーメンを食らう

 ラーメン屋がある。時刻は午後1時を過ぎたところ。そこそこ人気がある店だから2人ほど、のれんの前で待っていた。それを見ながら自宅に急ぐ。手元にはインスタントの袋めんがある。5袋セットの特売だ。今日の少し遅い昼食はこれで決まった。家に到着する。ドアを開けてキッチンに直行。利き手がつかんでいたエコバックを置いて、他の荷物を整理する。残されたのは袋めん。5つあるセットのうち、ひとつだけを取り出した。

 そして程よい大きさの片手鍋を取り出すと、水道の蛇口を開ける。勢いよく流れる水。きっちり測ることはない。過去の経験上、どのあたりまで入れるとちょうど良いのかわかってる。そして十秒程度かかったかどうかのタイミング。その域に達したから水道の蛇口を利き手で閉める。水が入った鍋を片手で持ち上げ、頭の中感想は「想像以上に重い」
 鍋はそのままコンロの上に置かれる。そして、下にあるコンロの電源を入れた。点火の音が一定の小刻みなリズム音に聞こえたが、突然テイストの違う「ふわっと」した音がする。鍋の底を見れば青い炎がサークル状に点火した。

 ここで先ほど取り出した袋めん。両手で持つと、袋をパッケージする際にできたと思われる、つなぎ目のの少しはみ出ている所を片手にもつ。その反対方向をもうひとつの手で持ってみた。少しずつ手を離すように力を込めて引っ張れば、非常に小さな破れるような衝撃音と同時に袋の中身が開く。そこには淡色で、四角く固まったドライのちぢれ麺。よく見ると平たいものがついている。意識しなかったがこれはワンタンメンと判明。お得感から少しうれしさがこみ上げた。そして、アルミに入った小袋と透明なな小袋が入っている。

 いつでも袋が破れるよう、これを取り出してわかりやすいところに置く。前者は粉末状のスープの素。後者は乾燥化された具材である。ここにひと手間加えよう。否、いまから袋のインスタントラーメンを食べる動機となったものが、冷蔵庫に入っている。

 冷蔵庫を開けた。一瞬冷気が肌に伝わる。その中には半分だけ残った蒲鉾を発見。半分だけ残り後は木の板が目立つように存在だ。そのかまぼこをとりだして、さらに中味を切断2枚薄切りにした。3分1になった蒲鉾は再び冷蔵庫に戻していく。続いて見つけたのはハム。これも一枚取り出した。丸いピンク色をしたハム。これを短冊状に切っておく。さらに見つけた生卵。これは最後の締めに投下しよう。
 次に野菜室を開けてみた。昨日半分残したもやしを発見。このもやしを取り出して、ラーメンに入れることが即決する。

 気が付けば水の入った鍋の内側には無数の小さな泡が出ているではないか。触らないからわからないが、どんどん水温が上昇しているのがわかる。その泡が徐々に大きくなり、動き出す気配がした。さらにときが経てば、大きな泡が現れる。こいつは水中から水上めがけてゆっくりと動き出した。
 ここでいったん鍋から離れ、数歩先にある戸棚に向かう。適当などんぶりを探し出す。視線に入った最初のどんぶりは少し小さいから、その奥にある少し大きなどんぶりを手に持った。

 鍋の前に戻れまるで測ったかのように、鍋から大きな泡が立て続けに上昇している。上昇に加えてその摩擦と水面上で泡が割れるからと思われる音が聞こえた。視線を別のほうにむければ泡の無い水面も激しく波打っていて、明らかに沸騰を意味するサインを認識。いよいよドライ麵の塊を鍋の中に投下した。塊の中に輸送の途中の衝撃が原因と思われる、分離した破片のような麵がある。これを捨てたら勿体ないと、全部鍋に入ったことを確認。それから袋をゴミ箱に。

 ここで少し離れたところに置いてある菜箸を、足を動かさず手だけを伸ばしてGET。菜箸を利き手に持ちなおして、鍋に投下された固い麺に向かって突き察した。最初は硬くて反応しない麺の塊。数秒すれば熱湯効果で、真ん中から柔らかくなる。それまでの塊がどんどんほぐれていく。ほぐれていけば菜箸をどんどん激しく動かし、完全に柔らかい縮れ麺の状況に持っていく。その中のひとつをつまみだす。ここで指で固さをチェック。少し硬い気がしたが、やがて余熱で柔らかくなると判断した。

 そしてアルミの袋をかけて中に入った粉末の元を入れる。麺の上に落ちる淡色の粉末はお湯を吸って瞬時に色が変わって濃色に。次は透明の袋を開け、ドライ化された中味を入れる。そして再度菜箸を登場させると、そのまま鍋の中を混ぜていく。透明だったお湯はあっという間に色が付き、ドライな具材もお湯を吸って柔らかく、本来の形に戻るのだ。

 ここでかまぼこを投下した。その直後にコンロの火を止めてしまえば、鍋の底を直撃していた青いサークルの炎は瞬時に消える。代わりに鍋の中を見てみれば、水面から煙のような白い湯気が上昇した。

 そのまま鍋を持ちあげて、どんぶりの方向に持っていく。そして鍋を斜めにすれば、色のついたお湯が空のどんぶりに向かって流れだす。少しどんぶりに汁が溜まれば、重力に逆らえないとばかりに麺や具材も少しずつどんぶりに入って行く。最後に入ったのは麺から分離した柔らかい破片。それもしっかり入れてしまう。

 ここで少し後悔した。かまぼこを先に入れたから麺の中に隠れてしまう。仕方なく菜箸をどんぶりの中に突き刺した。藻の様に絡まったちぢれ麺。その奥に存在したかまぼこ二枚。無事に取りだし上に置く。

 ここまでくれば後はたまごを投下。先ほどまでラーメンの入っていた鍋の鋭角になった淵に卵の殻をぶつければ、鈍い音と同時に殻が破壊される。そして発生した殻の裂き目から、透明な卵白の粘りある姿が現れた。それを手に持って裂け目をどんぶりに向ける。気の早い卵白が重力により下を向く。そのまま両手で裂け目を開いてしまえば、卵白に守られた赤身がかったイエローの卵黄が顔をのぞかせた。瞬時に両者はどんぶりに。電球の光に反射したイエローの輝き。見た目がまばゆい卵黄は、どんぶりに入ったラーメン全体の彩りを良くさせる。まだ固さがと歯ごたえが期待できるもやしを投下。もやしの一部、ひょろっとした髭が上を向く。最後に菜箸が加えたのは短冊のハム。料理人になった気持ちで意図的に高く盛りつける。

 こうしてついにインスタントラーメンが完成したのだ。

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 さっそくテーブルに持っていく。誰もいないので声に出さずに頭の中で「いただきます」そして箸を麺の入ったスープに突き刺した。そのまま麺を救うように上げれば、白い湯気と共に。麺が重力に逆らうかのように引き上げる。ここで温度差を気にしたためか口の中を風船のように膨らませ、息を吐く。湯気が息という名の風圧に押され、少し遠くに流れる。

 こうして口の中にちぢれ麺を入れた。無数の小さな曲線を交互に描くちぢれ麺。まるで掃除機の様に口から勢いよく吸い上がる。まるで落語家が演じているかのように音を出す。そして口の中が7割近くまで麺が入れば、吸い上げをいったん終了。ほとんどの麺はそのまま口の中。ごくわずかにどんぶりから伸びたままの麺がある。邪魔とばかりに上下の歯を使って麺を切断した。箸にサポートされながら、切断された麺はどんぶり内へ。濃色スープの海の中に戻る。口に入った麺はそのまま歯によって細かく裁断。そして麺と一緒に入ったわずかなスープ。口の中の舌を通じて旨味を広げてくれた。さらにもやしが麺とは明らかに違う硬さで混ざる。歯ごたえを楽しみながら切断した。このとき口の中では、シャキリとした音を奏でている。こうして十分に噛み終えた麺を喉に押し込んだ。

 インスタントラーメンはB級グルメ以下かもしれない。だけどこの瞬間。たまらなく気持ちが満たされた。



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