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大好きな珊瑚の魅力

「やっぱり珊瑚は美しいわ」優奈は感動の一言を水槽に向けて発した。この日、一昨年のクリスマス前から付き合い始めた海陽と水族館に来ている。「おうお前の大好きな珊瑚だよ。それに今日は3月5日でサンゴの日らしいからな」
『海の生き物が好き』という共通点こそが、付き合い始めるきっかけのひとつ。地元の町にはは小さな水族館があって、そこで毎週のようにデートを楽しむ。

 しかしこの日は旅行を兼ねた初めての宿泊デート。かねてから優奈が「行って見たい」とおねだりしていた、国内で有数な規模を持つ大型水族館にやってきた。
「ふふふ、珊瑚は潜ってみたほうが感動が全然違うけどな」「ううん、私はこの水槽だけでも十分よ」
 優奈は目を輝かせている。『珊瑚の世界』コーナーは、この水族館の目玉のひとつ。珊瑚礁を自然に近い状態で再現した巨大プールを眺めていた。
 この『珊瑚の世界』は、立体的な展示。上階は海面の上から珊瑚礁を眺めるコーナーである。そして今いる下階は、水中からで、ちょうど珊瑚が地面から育っている様子がうかがえるのだ。

「でも不思議、珊瑚って生き物よね」「そうだよ。まさか石と思ってたの!」
「あ、いや、動かないから不思議だなって思っただけ。そうか、そういえば植物は全部そうね」
 優奈はひとりで疑問を解決している。その横で海陽は、初恋の相手を思い出した。

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「海陽、プールでちゃんと練習しただろう。大丈夫だ。海の中には、感動するようなきれいな魚たちがいるぞ」
 小学生の海陽は、両親とともに南の海に来ていた。そもそもダイバー仲間で知り合った両親。
 何しろ結婚式を海の中で行うほどのこだわり用。そんなふたりの下に生まれた海陽にとって、ダイビングの世界に入るというのは必然的であった。

「インストラクターの大川希海です。では海陽君、最初は浅瀬から練習しましょう」
 両親が見守る中、海陽はダイビングスーツに身を包んだ希海からレクチャーを受ける。
 実ははここに来る前に、すでに町中にあるダイビングプールである程度レッスンを受けていた。だから器具の使い方や水の中に潜ること自体には抵抗はない。とはいえ初めての南の海。水中がコンクリートで囲まれた無機質で基本的に水が止まったままのプールとは違う。
 常に波が押し寄せ、水に動きがある海。透明度が高いとはいえ、その下は自然の地形、バラバラだ。

 未知の世界だけに、海陽は心の中では緊張していた。それでも大人の女性・希海は、優しい声でゆっくりと指導しながら、てきぱきと重要なことを教えてくれる。そのためだからだろうか? 海陽は少しずつカッコいい希海に、特別な気持ちが芽生えてきていた。つまり初恋の相手。

 ときおり希海の話を半分だけ聞いて、残りの意識が彼女のボディラインとかである。だからその都度大切なことを聞き逃し、あとで希海から注意を受けた。
 こうして浅瀬からレッスンをはじめていたが、ついに本格的な水深のあるダイビングスポットまで行くことになる。海陽はまだ小学生。行けるところといっても限られていた。
 それでもその世界は、先ほどまで何度も練習をした浅瀬とは違っている。初めて見る海の世界。この日は天気も良く、太陽の日差しが海の中に入りこんでいた。そして水中は宝石のようなエメラルドグリーンの美しい世界が広がっている。さらに水の中に入ると、近くにも遠くにもカラフルな魚が自由気ままに泳いでいた。その斜め下から見えてきたのが珊瑚礁だ。

 海陽は珊瑚は動かないが実は生き物で、それも動物であることをあらかじめ父から聞いていた。そして初めて目の前に、生の珊瑚がある。
 微妙に違う不思議な形をした珊瑚たち。カラフルな色合いも魅力的だ。ここで海陽はある好奇心が頭をよぎった。「珊瑚って触ったら、どんな感じなんだろう」
 そこで海陽は珊瑚に近づき、真上に来ると足を置いて珊瑚の上に乗ろうとする。すると突然体が何らかの力で強く引っ張られ、珊瑚から引き離された。引き離したのはインストラクターの希海。
 その後、海中を出てから開口一番「注意したのに破ったわね!」と叱られてしまった。
「海陽君、珊瑚は生き物って言ったでしょ。負担がかかるから珊瑚の上に乗っちゃダメ!」それまで優しかった希海。しかしこのときは、厳しい目と口調である。海陽はうつむいたまま固まってしまった。

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「あのほろ苦い思い出があったから、ライセンスも取って海の良さが味わえているんだ」思い出の余韻に浸る海陽であったが、それをぶち壊したのは優奈の声」
「海陽君! ねえ、話聞いている?」「え、ああ、ごめんちょっと昔のこと思い出してた」
「珊瑚って植物だよね」優奈の質問だ。
「いやあれは動物だよ。イソギンチャクに近い仲間だったはず。あ、だから夏に行くときは、珊瑚の上に乗ったらだめなんだぞ」
 先ほど頭の中に浮かんだ中で、最も頭が痛い思い出をそのまま優奈にぶつけた。
「それわかってるわよ!」優奈は言い返すような口調。でも視線は目の前の珊瑚である。
「うーん、この夏楽しみね。海陽君と一緒に海潜るの。私本当に初めてだから、優しく教えてね」と笑顔の優奈。
 海陽はあまりもの可愛さのあまり、その場で彼女の右手を力強く握るのだった。


こちらの企画に参加してみました。

※今回小説で取り上げた珊瑚を含め、海の生き物は大好きです。見ていて癒されますね。


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シリーズ 日々掌編短編小説 409/1000

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