再現してみた 第1026話・11.18
「私に発表させてください」そういって彼女は席を立つ。
「え、本気か?今再現するのか!」僕は彼女のやろうとしていることを見ながら固唾をのむ。間違いない。彼女は今から再現を試みようとしている。
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「私も、あのような再現をしようかな」
今から1か月くらい前であろうか?彼女はネットで何らかの動画を見ていたらしい。その映像から見えるもの。僕は見ていないが、どうやら彼女はその映像の内容が相当気に入ったようだ。
「決めた。やってみるわ!再現するよ」彼女はそういうと僕に元気な笑顔を見せる。「さ、再現?」僕は驚いた。いったい何を再現するというのだろう。僕は彼女に問いただした。だが彼女は「それは、うーん、その時までの秘密でいいかな」としか言わない。
「そうだ、今度のセミナーを受ける日っていつだっけ」突然彼女は話題を変える。
「え、えっと1か月後」僕が予定を伝えると、「わかった。じゃあそのときね。よし1ヶ月で私は再現して見せるわ。じゃあ、私はこれで」
そういうと彼女は僕の部屋を出て行った。
それまで毎日彼女と会っていたのに、あの日からは週に2回に減ってしまう。「何で会ってくれないんだ!」僕が不満げに言うが、彼女は一向に意に介さない。「ごめん、1か月だけ我慢して、ね。再現するためだから」としか言わないのだ。彼女はいったい何を再現するというのだろう。僕は詳しく教えてもらいないから、ただただ戸惑うしかない。
「確かセミナーの予定を聞いていたな」僕はどうせ教えてもらえないから、彼女が再現しようとすることが何なのかあれこれ想像してみた。「セミナーの時にするのか、え?」
セミナーというのは僕と彼女の共通の趣味のようなもの。いつも講師の先生が壇上にいて2時間近く話を聞く。セミナーは無料だし、同じ趣味だからこのセミナーが行われるときには、よほどな予定がない限りふたりで出席する。
「だけど、まさか講師の前で、本人が講師をするのか?いやそんなはずは...…」趣味が近いとはいえ、講師はその道のプロフェッショナルだ。僕たちが対抗できる知識など持っていない。
「ありえない、けど、もし彼女が見ていた動画が、そんなシーンだとしたら」僕はあの時動画を一緒に見ればよかったと後悔した。だが今さらどうすることもできない。
「暴走するのか?いや彼女は僕より冷静だからそれはない。じゃあ一体!」僕は彼女の考えていることがわからず、ついに夜も眠れなくなってしまう。
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こうして迎えたセミナーの日。彼女とは会場の前で待ち合わせる。僕は心配だからいつもより早く来てしまった。「いったい何が始まるんだろう。おかしなこといならなければいいけど」
僕は心臓の鼓動が耳元に激しく聞こえる気がした。このセミナーの時に彼女は何かを再現しようとしている。それにより赤っ恥をかくかもしれないのだ。もしそうだとしても恥をかくのは彼女であって僕ではない。しかしそうだとしても、やはり緊張してしまう。気が付けば掌が汗でにじむ。
「ごめん、待ったかしら」彼女が姿を現す。「あ、え!」その格好がいつもと違った。このセミナーは趣味の集まりで休日に行われる。だから普段はカジュアルな私服で参加するもの。だが彼女はスーツ姿で現れたのだ。
「あ、びっくりした。ごめん、今日は再現する日だから。恰好から再現しないとダメなの」
そういうと彼女は先に会場に入る。僕は「なるようにしかならないだろうな」と大きく深呼吸をして会場に入った。
最初に受付を済ませる。「彼女はここで何かを再現するのか?」僕は一瞬そう考えた。受付の人相手に何かのパフォーマンスを再現するのではないかと。だがそれは違った。恰好こそいつもと違うが、受付の対応はいつも通り。僕の分の受付を済ませると、席に向かう。会場は50人くらいは座れる場所で自由席だ。僕たちは普段は後ろの方を座る。
「もしかして、最前列」僕は一瞬そう思った。だが彼女は前には座らない。ただいつもよりは少し前、真ん中あたりに陣取る。
セミナーで配られる資料に目を通す間も、彼女が突然何かをしないか心配になってきた。だが彼女はなにもしないままセミナーの時間が始まる。
司会者のあいさつの後、講師の先生が話し始めた。正面の画像を見ながらいつも聞いているセミナーの内容だ。だが僕は彼女が突然想定外の動き、つまり再現を始めるのではと考えてしまい、そちらが気になる。講師の話はいつもの半分しか入らない。
こうして講師の話は終わった。「それでは質問をどうぞ」司会者の声。いつもならだれかが質問するか、誰も質問せずに終わるかのどちらかだ。だがここで彼女が反応する。いつも質問をしない彼女が思いっきり手を挙げた。ほかに手を挙げている人がいないから、彼女に質問の機会が与えられる。そうして彼女は立ち上がった。「私に発表させてください」と。
そして彼女は映像通りに再現をしたようだ。そして大きな混乱もなく終わった。僕たちはセミナー会場を後に、彼女は満足げに「再現できた。一か月ありがとうね」と嬉しそう。
では彼女は何を再現したのか?どこからどこまでが再現なのか最後までわからない。なぜならば僕は彼女が再現したという元映像を見ていないから。
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シリーズ 日々掌編短編小説 1026/1000
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