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ノーベル賞を狙う?? 第674話・11.27

「やっぱり無理かなあ」「おい、正樹よ、まだそんなバカげたことを言ってるのか?」ゲイの敦夫は、パートナーである正樹を睨む。
「だって、人生は一度きりですよ。夢を追いかけたっていいじゃないですか」一回り年下の正樹は、若いためか夢をあきらめずにいる。

 あまりにも滑稽なのだろうか、敦夫の表情は変わり、今度は呆れかえった憐みの眼で正樹を見た。「いや、お前が夢を追いかけることを、俺は止めない。普通の夢ならばな。だけどよ、お前が目指しているのってノーベル賞だろう。無理だよあんなの。あれが取れるのはよほどの人物だけだ」

「でも、可能性は0ではない」「じゃあ正樹よ。お前ノーベルの何賞を狙ってんだよ」「え、何賞って!」思わず天井を見る正樹・敦夫は立ち上がると「ノーベル賞にはいろんな部門があるんだ。全くそんなことも知らずに狙おうってんだからな。俺はもう今日は帰るぞ。じゃあな、せいぜい楽しい夢でも見ていなよ。ハハハハハハ!」敦夫は明らかに軽蔑の笑いを残して正樹の部屋を出た。

「もう、僕だってノーベル賞の部門の話くらい知っているって。いやだな敦夫さんは。でもどの部門がいいんだ。平和賞、物理学賞、あと文学賞だっけ」それぞれの賞はその分野で世界のトップクラスがとるもの。そもそもどの分野もあまり詳しくない正樹は論外。しかし正樹はなぜかノーベル賞にあこがれている。いつも授賞式が行われるこの時期になれば、腕を組んで夢見てしまうのだ。

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 どのくらいたったのか、ひとりで残った正樹は後ろから物音が聞こえるのを逃さない。
「ノーベル賞取りたいのか?」「え?」正樹は自分の願望が幻聴のように聞こえた。「ノーベル賞を取りたいのか!」もう一度今度は大きくはっきり聞こえる。「だれ? 敦夫さんの声じゃない」
 恐る恐る振り返ると、そこには見たことのない男が立っていた。「え、いつの間に僕の部屋!」

 男は笑顔で白い歯を見せる。「怖がるな正樹君。驚くかもしれないが当方は未来から来た」「み、未来?」ますます頭がおかしくなった気がする正樹。恐れながら男を見る。確かに現代人が来ている服装とは違う。よく想像する未来人のような恰好。頭の上から足の先まで黒い一枚の服を着ている。そして顔の部分だけ見えるのだ。
「き、君は、いったい。僕に何の用だ!」「当方がなぜ君と接触したのか、詳しくは言えないが、君はかねてからノーベル賞を取りたいと願っているね」

 当方と名乗る未来人の男は、正樹のことを熟知しているようだ。「どうして僕のことを」と頭の中で思いながらも「あ、ああそれは確かだ。でもなぜそれを」
「それは先ほども言った通り、当方は未来から来た。だから過去の君の発した言葉などは、その発言した事実が過去にあったのだから、当方が知っているわけなんだよ」
 男がよくわからないような説明をする。「最近お酒も飲んでないし、ぐっすり眠れているのになあ」正樹は首をかしげながらも、急に気が変になったと思われる理由が分からない。

「本題だが、未来人である当方は、タイムトラベルができるから過去にさかのぼれる。つまり君の目指している、ノーベル賞を取れるためのお手伝いができるんだ」「え、どうやって?」正樹の目が輝いた。
「それは、まず今までのノーベル賞受賞者を調べてみることから始めようか?」

「あ、ああ。まずは過去のノーベル賞受賞者を調べるのか」「そう、歴代のノーベル賞受賞者が、いったい何の理由で取れたかを研究する。そしてその中で、最も取りやすそうなターゲットを絞るんだ」「それで?」
「あとはその人物に成り代わるんだ。そうすれば受賞は可能だ」

「ま、待ってくれ。それってなりすましだろう。誰でもいいけどそれではあくまで授賞式で賞そのものは取れるかもしれないけど、あくまでその人の受賞者名義。それじゃ全く意味がない。あくまで僕、正樹でとらないと」
 正樹の必死な反論。男は表情は変えないが何度もうなづく。

「そう、単なるなりすましなら、直近の受賞者でも誰でもよいことになるな」「それでは僕の夢とは全く違う」
「まあ当方の話を最後まで聞きなさい。ターゲットを絞るには理由がある。例えばターゲットが受賞した功績は、当時からの未来、つまり現代ではみんなが知っているもの。そしてその賞を取った研究内容に加えて、その少し後から発見された新事実を付け加えて君が研究者として発表するんだ」「僕が研究者として発表!」正樹の返事に男は大きくうなづく。
「そうなればその年の本来のノーベル賞受賞者よりもさらに進歩している内容だから、君が代わりに取れるはずだ。もちろん正樹君の名でな」

 正樹は徐々に、男の言っていることが分かりつつあった。「つまり、ぼくがターゲットの過去に行って、現在の常識の知識を使って、その人の受賞当時の最新研究を上回れば!」「そういうことだ。どうだね。やってみるか」

「や、やってみるかって言われても......」突然のことに戸惑う正樹。
「当方は君のいるこの時代よりもはるかに未来から来た。つまりこういう調べものについてもほんの一瞬で出てくる。だからあとはどの部門を狙うかだろう。まあ恐らく物理学賞、化学賞、生理学・医学賞といった部門になるな。さて、正樹君。どれに興味があるのかな」

「物理学か科学だ。それで過去の受賞者から絞り込み。その人物よりも高い研究論文を受賞者が受賞した研究成果の発表のタイミングでぶつけてやれば!」正樹は急に笑顔になると、男にに握手を求める。「当方さん、やりましょう。僕にノーベル賞を取らせてください」と男の両手を握って頭を下げた。

 男は何度もうなづくと「わかりました。では正樹君のお手伝いをしよう。ただしひとつだけ条件があって、それを飲んでくれれば協力する」
 男が条件を突き付けてきた。だが多少の条件があっても、正樹はノーベル賞が欲しい。恐らくこの方法が唯一取れるチャンスのような気がした。

「条件とは何ですか」男は咳払いをすると。「正樹は敦夫君と別れて、当方と付き合うことだ」
「え!」「簡単なことだ。当方も君と同じ同性愛者。だから君とパートナーになれば、君のノーベル賞受賞に全面的に協力できる。そして無事に受賞すれば、この時代ではなく当方のいる遥か未来に一緒に行って、もっと便利で快適な生活しようじゃないか」

「敦夫さんと別れる......」さすがに正樹は次の言葉が出ない。こんな条件、断りたいのはやまやまだが、即答すればチャンスを逸して後悔しそうな気がする。
「わ、わかった。半日待ってくれないか」
「いいでしょう。なら今晩の深夜零時に公園の公衆トイレの前で待っていましょう。もし君が当方の条件を飲んでくれるなら、その時間にトイレの前に着なさい。もし断るなら来る必要はない。君が来なかった時点でこの話は白紙にしよう。それでよろしいか?」
「あ、はい。かまいません」正樹が答えるとすでに男の姿は消えていた。「い、いったい」正樹は夢を見たと思ったが、自分の頭を叩くと痛いから夢ではない。「深夜零時に公園のトイレか、あと6時間ある。ゆっくり考えよう」


 そして午前零時。正樹は出かけることなくベッドに横たわっていた。「やっぱり敦夫さんとは別れたくない。ノーベル賞の夢はあきらめよう」正樹はひとり言のようにつぶやくとそのまま眠った。

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「おい、正樹まだ夢を見ているのか?」翌日、敦夫が正樹の部屋にやってきた。敦夫は正樹を茶化そうと嬉しそうに入ってきたが、正樹は真顔になり敦夫にきっぱりと言った。
「僕、一晩考えましたがやっぱりノーベル賞諦めます。代わりにもっとできそうな夢がないか探してみることにしました」


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シリーズ 日々掌編短編小説 674/1000

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