雪だけの星 第719話・1.12

「で、そこは惑星なのか、衛星なのか?」「ヤスオ、恒星でないことだけは確かだろうな」友達のゴロウにそう言われた俺は静かにうなづいた。
 実は俺は今も非常に頭が混乱している。いまから3ヵ月前を境にそれ以前と以降とでは全く世界が違うように認識していた。3ヵ月前まで感じていた俺が生きていた時代の世界と今の時代は遥か未来に来ている気がしてならないのだ。「俺はかつて21世紀と呼ばれた時代にいた」
 俺は過去の記憶からそのように理解しているが、みんなは「だいぶ精神的なダメージを受けている太古のトラウマだな」というだけである。彼らから言わせると俺は長い間昏睡状態で、それから目覚めたとのこと。

 だが俺は3ヵ月前までは、21世紀と呼んでいた2090年の世界にいた。当時はようやく一般的になっていた宇宙旅行を楽しむために、地球から宇宙空間に出たときのことだ。そのツアーは月を見学するものである。そして月に向かっている最中、宇宙空間で突然何らかのトラブルが発生した。船内は大きく揺れ突然停電となる。周りではあちらこちらで悲鳴が聞こえたが、やがて聞こえなくなり、俺の記憶もそこでいったん終了。

 どのくらいたったのかまったくわからないが、次目覚めたときには病室にいた。それも今まで見たことのない最新の医療機器が置いている。そこにいる人は見た目同じだけど、よく見ると後頭部が少し大きくなっているような気がした。それが3ヵ月前のできごと。
 みんな俺のことを「長いこん睡状態で太古の夢を見ていたんだ」という。だが俺はあの21世紀の人生は夢とは思えない。でも今は全く違う世界。みんなが記憶が曖昧な俺を気にしてくれて、色々教えてくれた。こうしてリハビリなどを終え、先月ついに退院した。

 今まで見たこともない人物が親であり兄弟、そして友達である。ただ唯一同じなのは俺の名前、過去の世界では康夫、新しい世界ではヤスオであった。それだけが俺にとって唯一の救いと言えるだろう。
 みんな俺の記憶が戻るように努力しているから俺はそれに合わせるが、本音では違うと今でも思っている。といってもかつての時代に戻る方法など思いもつかない。

  退院してからしばらくは家にいたが、最近は外出するようになっている。すでに宇宙旅行が日常となっているからか、この外出は自分の今住んでいる星、それはかつて住んでいた地球に非常に似ているが、そこから外の星に遊びに行くとのだ。そして今日は少し遠出と言って、雪だけの星があるのだという。

「スキーをやろう。ヤスオはスキー旨かったよな」俺は一瞬固まったが、そうだったかな」と、ごまかした。俺の3ヵ月以上前の記憶ではスキーはやったことがあっても決してうまくはない。むしろ下手だったと記憶している。
「もし下手だとしても、長いこん睡状態がつづいていたからという言い訳ができる。それで行こう」俺はそう心に思い、ゴロウの運転する小型宇宙船で、スキーが楽しめる星に向かった。

 俺は目の前の星を見て驚いた遠くから見えるその星は真っ白だ。白い惑星か白い衛星というべきその星に近づいてくる。この星は色が白いこと以外は俺の今の母星、G-1287Dそして3か月以前の記憶が残る地球と同じであった。

 宇宙船はセンターステーションと呼ばれるところに着地した。星全体が雪に覆われた星はスノースターと呼ばれれている行楽専門の星。良質の雪のため、年中スキーが楽しめるという。
 G-1287Dが所属する星の星雲がひとつの国家のようなものだから、星雲のいろんな星からいろんな人が来ている。かといって20世紀ごろの物語に出てくるようなタコの形をしたようなとかグレイとかいう目が極端に大きいような宇宙人はいない。みんなおんなじ人間。肌の色だけは白い人や黒い人がいる。でもこれは俺が以前いたと思われる時代と同じだ。

「いつもはエンジンのついたジェットスキーで数百キロまで一気に滑走するんだが、ヤスオは昔ながらのハンドスキーが得意だったよな。今日は退院のお祝いだからそれに付き合うよ」
「ハンドスキー?」聞いたことがない名前だが、ようするに20世紀ごろにみんなスキーと呼んでいた滑り方のことのようだ。
 店に入ると道具一式はレンタルできる。もちろんレンタル料はかかるが、俺はお金を持っていないし、その仕組みがまだ理解できていない。「スキーもリハビリの一環だから」と今回誘ってくれたゴロウがそのあたりの清算を行ってくれる。

「これが未来のスキーウェアーか」かつてのスキーウェアーよりも軽い。シューズも同様だ。それでいながら着心地は全く優れている。あとは同じ。「あの上から行くよ」上に行く方法はリフトではなく、専用のエスカレーターのようなもので上がっていった。

「よし、先に俺が座るからヤスオついてきてくれ」「ずっと病院にいたけどできるかな」「できるよ、ここ初心者やこども用だから」そう言ってゴロウは先に豪快に滑って行った。
「これが初心者用」俺から見たら本格的なコースにしか見えない。すでにゴロウは遥か下にいて、点のようにしか見えない。

「最悪転んでもいいか」俺は覚悟を決めた。いったん大きく深呼吸。そして、滑り出す。

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シリーズ 日々掌編短編小説 719/1000

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