追われているのか、監視されているのか 第981話・10.2
「多分そうなんだろうなあ」男はコーヒーを一口飲んでつぶやく。コーヒーは落ち着く味。だけど何だろう?ひそかに追われているような気がした。
本当はそれは嘘である。別に犯罪者でもなければ世間相手に問題を起こしているわけではない。だけど、なぜだかそう感じてしまう。
「気持ちを落ち着かせようか」そう言ってもう少しコーヒーを飲む。コーヒーの成分の詳細は知らない。だがコーヒーを飲むと自然と落ち着く。
気のせいだと思っていたが、実は男の動きをひそかに監視している存在がいた。「今のところ変化なし」「わかった。引き続き監視を。何かあったら連絡してくれ」
男のいないところで謎の組織が、監視していたのだ。だがなんで監視の対象になっているのか、それはわからない。なぜならば、組織として監視対象はくじで選んだから。要するに無作為抽出というやつである。
「しかし、相手には一切我々の存在を意識させない状況で、無作為に選択した、あの男に対して監視するという意味はいったい何でしょうか?」
監視側の若者が、リーダー格に対して意見を述べる。リーダー格はゆっくりと、まるで居眠りをしているかのような速度でうなづくと、
「それは考えるべきではない」とひとことだけ声を発した。理屈では無いような言い分である。
質問をぶつけた若者は何も言えず、そのままに引き下がる。だがこの人物は凡人ではない。別の事を考えていた。それはターゲットになっている男との直接接触である。
「どうしてもというのなら、止めはしない。だがそれにより、君に多大な影響があったとしても、我々は責任をとるものではない。それで良いのなら」
若者は直接の上司からの許可を事実上貰ったので、違和感ない服装に身を包み、組織のエリアから外に出た。目指すはコーヒー片手につぶやく先ほどの男性だ。
「一体あの男に何の価値がある」若者は理解できない。外見だけで見る限り男はただコーヒーを飲んで周りの風景を見ているだけに過ぎないのだ。それを多額の金をかけて監視するという意味とは?まさしく公金の無駄遣いではないのかとさえ思った。
「接触すれば、意味がわかるはず」若者は男との直接接触でその意味を理解しようと考える。こうして若者はどこにでもいそうないでたちで、男に近づいた。
「ん?誰」男は若者に気づく。若者は気づかれないように近づいたつもりであった。だがそれは若者はしょせん経験が乏しいことへの証明につながってしまう。
あっけなく存在を男に知られた若者。「あ、ぼ、僕はですね」ぎこちない表情で勝つ活舌の悪さが露呈したふうに語る。もちろん若者の所属とかそういうものは一切語らない。とりあえず「偶発的に男に近づいて無意識に様子を見ていた」ということになっていた。
男は若者を見る。そのときに男は直感で「こいつただものではないな」と理解。だが男はあえてそれに触れない。むしろこの状況で若者がどういう動きをするのか、その結果が楽しみになっていた。
「まあ、いいだろう。これも一期一会かもしれんな」男は余裕のあるそぶりを見せながら、白い歯を見せ小難しい四字熟語を出す。これで若者の反応をうかがい、その後の対応を考えているのだ。
「イチゴイチエってなんだっけ」若者は考えた。まさか男の前でスマホのような媒体を使って検索などありえない。さあ、困ったが若者は、この状況から男の懐に飛び込む作戦に出た。
「難しいことは僕、若いから知らないです。でもあなたを見たときに、説明のできないオーラを感じました」
それを聞いた男、思わず口元が緩む。「ふん、どうせ......」と、頭のなかでいろいろ考える。だが男は若者の会話の最中で立ち上がった。
「わかったよ。そうか俺にオーラがあると見たか」「ハイ!」若者が本当に男にオーラを感じたかどうかわからない。ただ若者は男に対して終始低姿勢だったから、男は気分が良くなった。
「いいよ細かいことは。で、俺になんか用?」男はひそかに若者の正体がわかりつつある。「こやつ調査に来たのだ」と。だがどのような組織が何のために近づいてきたのかまではわからない。
「うわさに聞く謎の組織かもしれん。まさかとは思うが、目を付けられちまったか。こうなると、もう付かず離れずだな」
男はそう直観し、そのようなスタンスで若者とやり取りをする。若者もどこまで本音かはわからないが話に応じた。
こうして小1時間会話が成立。お互い楽しい会話の中、若者は立ち去った。
「善い人だったなあ」若者は男に対して好意的だ。だが若者が知りたかった確信の話まではいかない。「これは僕が知るべき内容ではないのかもしれない」若者はそう悟った。
さて残された男。見知らぬ若者に対して大いに語ったが、若者が消えてから少し後悔した。「余計な事......」
とはいえ5分もすれば忘れる。「なるようになるか」男は楽天的に考えると、目の前に広がるビーチに向かうのだった。
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