見出し画像

餅をつきながら

「本当は杵(きね)と臼(うす)があれば、最高なんだがな」電気餅つき機を目の前にした、海野勝男は残念そうにつぶやいた。
「仕方ないわよ。ここは集合住宅よ。臼なんて置く場所もないし、もし叩いたら、近所からクレームが来るのが確実。あなたがどうしても子供の頃の思い出というから、せめてと思って、これ買ったの。それで我慢してよ。あなたが昨日戻って来る前にちゃんと、もち米も水につけてさ。それから」妻の沙羅が延々と言い続けるので、勝男は手で合図して静止した。

「もち米蒸してくれたんだろ。いやそれはわかっているし、準備してくれたことには感謝しているよ」「だから我慢して」 沙羅はやや不機嫌そうな言い方をしつつも、餅を捏ねるための準備をしている。
「あと5分か」勝男は蒸しあがったもち米が、バイブレーションのように回転する釜を眺めながらそのときを待つ。そして頭の中では自らの子ども時代を思い出す。

----

「さあ、餅をつくよ」周囲が山に囲まれた故郷にいた少年の勝男。雪国ではないので常緑樹の緑が豊な山。しかしこの日は、寒波も到来したことがあり、吐く息も白くて非常に寒い。

 子供時代の勝男は、年末年始になると両親に伴われ、父方の実家に来てともに新年を祝う。そして12月30日には、近所に住む伯父や伯母、大叔父など多くの親族が集まり、餅つきを行った。「よしもち米を」木のセイロで蒸されたもち米は、気温の低さも相まって、白い湯気を周りに拡散。それが無くなると、子供の目からしても、わかるようないつものうるち米とは違うご飯同士の密着度。粘りのようなものが見えるのだ。

 それを大きな石をくりぬき、ドームの型に見える臼の中に放り込む。大人たちが、木の杵を持ってくる。そして掛け声と同時に叩く人と、その都度水に手を浸して捏ねる人がリズムを取るように餅を突き始めた。

ーーー

「さあ、できたわ」沙羅の声に我に返る勝男。「あ、おおう。よしどうかな」餅ちつき器の蓋を取ると、確かに大きな餅が出来上がっていた。
「えっとそこだな」勝男は釜ごと取り出し、できたばかりの大きな餅を、用意された台の上に置く。そこには粉がかけられていた。
「さて、やりましょ」「よし!」ここから夫婦ふたりの作業が始まる。大きな餅を、握りこぶし上の大きさに取り分けた。あとは台にかけられた粉をまぶしながら丸めていく。
「これでも市販品の餅よりは絶対にいいわよね」「ああ、そう思う」勝男は沙羅に空返事。頭の中では先ほどの記憶に疑似タイムトリップしていた。

「おい、勝男やってみるか」伯父にせかされるように小学生の勝男は杵を持つ。大人たちは気軽に持っていたが、手にすると見た目より重い。杵の先端の叩く部分がズシリと重たい。重力に逆らえず、すぐに前のめりなりかける。「まだ早いかのう」と伯父がすぐに手を差し出して支え、杵を安定させる。そして一緒に餅を叩く。父親が捏ねる担当であった。掛け声と同時に杵を臼に入った餅目めがけて振り下ろす。そのまま落とせば音が鳴りそうなものなのに、餅があたかもクッションのようにその衝撃を抑えたようになって、鈍めの音がした。そしてすぐに引き上げる。

 これは5分にも満たない体験だが、勝男の記憶の片隅に叩き込まれた。

「ちょッとさっきから」沙羅に言われて我に返る勝男。「あ、すまないちょっと餅を見てたら昔のことを思い出して」

「ああ、昔は餅つきをしてたって話ね。それって昨年も一昨年も聞いたような」「あ、そう。そうだったハハハハッハ!」

---

 こうして、全ての餅を捏ね終える。

「さっそく食べようか」「え、でもこれ正月の雑煮用なんだけど」戸惑いながらの沙羅の一言。

「いっぱいあるじゃないか。出来立てが一番うまいに違いない。足りなくなったらまた作ったらいいよ」

「うん、わかった」沙羅はそういって立ち上がるとこ皿と醤油を持ってきた。小皿に醤油を垂らす。そしてまだ粘りのある餅をひとつずつ取り出して小皿の醤油に着ける。

 こうして口に含んだ。口に含むと餅の一部が歯に着く。それを気にせずに噛み続けると餅の弾力と醤油の味わいが絶妙な旨さ。喉に入るときには、詰まらせないように慎重に押し込んでいく。

「やっぱりうまい」思わず勝男は唸った。それを見た沙羅は笑顔になり、「美味しいわ。もう一個食べようかなあ」と言って躊躇(ちゅうちよ)なくもうひとつ餅を小皿に盛るのだった。


こちらもよろしくお願いします。

電子書籍です。千夜一夜物語第3弾発売しました!

ーーーーーーーーーーーーーーー
シリーズ 日々掌編短編小説 344

#小説 #掌編 #短編 #短編小説 #掌編小説 #ショートショート #もち #餅つき #勝男と沙羅


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?