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1日遅れの意外なプレゼント

「ニコール。クリスマスお疲れさん」「信二ありがとう。でも、今年はあれ、まだカウントダウン残ってるから。本当はそれが終わって一息なのよ」
 クリスマスが終わった翌26日。西岡信二とフィリピン人ニコールサントスのふたりは、共通の休みを3日間取れたことを利用して金沢に向かった。

 クラフトビールを出すバー店長でもあるニコールは、常連客に感化されたようで、最近現代アートに興味を持ち始めた。そこでかねてから冬の北陸に興味を持っていた信二と共に金沢に向かう。

 午前中の新幹線に乗りお昼過ぎに金沢に着いたふたりは、そのまま現代アートの金沢21世紀美術館を目指した。

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「お、水の中に人がいるぞ」信二の一言に首を横に振るニコール。
「あれ、多分ガラスが間に入っているのよ」
「いや、そりゃそうだろ。服着てて水中にいるなんてありえない。みんなスマホ見てるし」

 上から下の様子を見たら、どうしても逆の立場が気になる。ふたりは中に入るとさっそく、水中に該当する場所を目指した。

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「これがさっき、上から見えた様子か」「なるほどね。これ考えた人天才だわ」ニコールは嬉しそうにスマホを上に向けて構える。
「おい、どうせならこっちが良くないか」信二が指さすほうを見ると。

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「梯子がある。そのまま上に上がりたい気分ね」「頭ぶつかるよ」とふたりは楽しく会話する。その後の美術館の展示物を見学。ここに限らず現代アートの不思議な感覚は、昨日のクリスマスまで仕事で、いっぱいいっぱいだったふたりの気持ちを自然と癒してくれるようだ。

「そうそう、お客さんが今は『風の時代』と言うのに入ったんだって。知っている」一通り見学を終え、ソファーで休憩中にニコールが話しかけてきた。
「さあ、初めて聞くなあ。台風が発生しやすいとか」信二は正面を見つめながら答える。「そうじゃないみたい。これも常連客が語ってくれたんだけど、占星術の世界で『地の時代』から変わったそうよ」「ふうん」「私もよくわからないけど。変わったといっても何も変わってないし」
「よくわからんが、急には変わらないんだろう。徐々に変化していくもんだと思うよ」と言って信二はニコールのほうに顔を向けた。

「まあいいわ。でも今年のクリスマスも大変だった。みんなは楽しいかもしれないけど。私は店長として盛り上げ役に徹してたから」

「そうだよクリスマスって、飲食店は忙しいもんな。俺も客として昨日いたけど、みんな盛り上がりすぎたのか、途中から大声でクリスマスソングなんか歌い出して」ここで信二は笑いをこらえるように咳ばらいをする。
「それにしてもクリスマスは不思議なものだ。だけど俺たちはようやく落ち着いた今日26日が一日遅れのクリスマスなんだよな」

 ところがニコールは首を横に振った。「違う!キリスト教的には25日でクリスマスが終わりじゃない。来年まであるの。それより今日はボクシングデー」
「ボクシングデー? それはボクシングと何か」信二はそう言うと立ち上がりボクサーの真似をして両手を閉じてスパーリングのような動作をする。それを見てため息のような息をつくニコール。
「そうか、信二は知らないもんね。私たち付き合いだして初めてのクリスマスだから。あの今日プレゼントは?」「おう、持ってきたよ」
「実はボクシングデーって、クリスマスの1日後にクリスマスプレゼントの箱(BOX)を開ける日なの」
「まあ俺のは袋だけどな。そうそう今日は寿司の店を予約した。そこで食事を終えたらプレゼントを交換して中身を空けよう」
「スシ、私大好き!」ニコールは途端に嬉しそうに笑顔になった。

ーーー

 暗くなったころ、ある寿司店に入ったふたり。「予約していた西岡です」「はい、お待ちしていました」と店主の声。席に座ってビールを頂いた。

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 この後は、一貫ずつ寿司が運ばれる。回転寿司と違う高級店。「回っていない。こんなところ初めてかも」とニコールのテンションは上がる。「クリスマスって普通は西洋系のレストランだけど、あえて寿司と言うのは俺たちらしいな。どっちも寿司好きとして」

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「いやん、どれもおいしい!」ニコールは上機嫌。元々常連客として彼女の店に出入りしたのが出会いのきっかけ。付き合ってからも信二は頻繁に顔を店に出す。でも店にいるときの営業スマイルとは違う。プライベートのナチュラルなニコールの笑顔が、信二にとっては最もうれしいのだ。

「お、次はマグロ?」
 信二も口を緩ませながら、箸で寿司をつまみ、そして醤油のプールに垂らす。そのまま寿司を口に含む。口に含み歯を使って噛み砕く。シャリには多少の温度が残っているようだ。硬すぎず柔らかすぎないちょうど良いあんばい。目の前の職人さんの技術が素人でもわかる。
 そして上に載ったネタの少し冷たい温度とが混ざり合う。味わいは見事としか言いようのない調和の取れた味わい。やがて口の中を覆う隠しフレーバーのように鼻に通じるワサビ感覚も最高。
 思わず目をつぶり視覚を封じた他の感覚、味覚と嗅覚そして舌や口周りから伝わる触覚の3つを駆使して味わった。

 喉を通った時の余韻も素晴らしく、数秒間の心地よさがたまらない。

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 一通り寿司を頂き、ビールから日本酒をちびちびと飲み始める。「さて、プレゼントの交換をしよう」
「待って!」突然ニコールが止める。「どうした?」「やっぱりホテルで」「あ、ああそ、そうだな。それがいい」ニコールの理由を聞くことなく、あっさりと信二も了承した。

ーーーー

 寿司をたらふくいただき、アルコールも程よく飲んだふたり。そのまま市内のビジネスホテルにチェックインした。こうして部屋に入るといきなり、「そうしたらプレゼント交換!」と信二が声を出す。「はあーい」と応じるニコール。彼女もプライベート空間になったとばかりにテンションが高め。
 お互いかばんの中に入れていた、袋に入ったプレゼントを交換する。ニコールが手渡したプレゼントは青いリボン、信二が手渡したのには赤いリボンがついていた。

「じゃあ一斉に」「よし」「せーの」と言って、ふたりは一緒にプレゼントの中身を確認する。
「あら?」「あれ?」ふたりは同時に驚きの声がした。

ふたりがプレゼントを取り出す。信二のほうの袋には青いトランクスと黒いシャツが入っている。ニコールのほうはピンクのブラジャーとおそろいの色のショーツが入っていた。「え、下着。ふたりとも同じプレゼント?」「これって、信二。買いに行けたの?」
「え、あ、ネットだから、それは大丈夫!」

 そう今年のクリスマスプレゼントはお互い同じ下着。しばらくの沈黙ののち、ふたりは大声で笑う。
 そして翌日はさっそくお互いのプレゼントである下着を、それぞれが身に着けるのだった。


こちらの企画に参加してみました。

加えて金沢の21世紀博物館訪問ということで、こちらの企画にも参加してみました。


こちらもよろしくお願いします。

アドベントカレンダーは25日に無事に終わりました。最終日はtsumuguitoさんのこちらの作品。読みごたえがあり、アドベントカレンダーの大トリに相応しい内容でした。

電子書籍です。千夜一夜物語第3弾発売しました!

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シリーズ 日々掌編短編小説 340

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