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花火師と楽しむ線香花火  第569話・8.14

「え、今日、夜久(やく)がくるの? 珍しい」 「そうだよ。空咲花(はなび)ちゃん。もうすぐ来るはずだ」
 西岡信二は恋人で、フィリピン人のニコール・サントスと、あるビルの上にいた。このビルの持ち主は、信二の高校のときの同級生で、酒屋を営んでいる横田良太の父親だ。高さ8階建ての小さなビルであるが、この場所からは、例年花火大会が見られる好スポット。
 普段なら信二を含めていつも2・30人くらいの友達を呼び、簡易的なテーブルと椅子を用意する。そして酒を飲みながら花火大会を楽しむのだ。しかし今年は、花火大会自体が中止となる。そのためそういう集まりも当然ない。

 ところが信二は1週間ほど前に良太にある相談をした。「いま突き合っているニコールに、日本の花火を見せたいんだ。花火大会が中止になったのは仕方がないが、線香花火とか、手持ち花火ができるところが近くになくて」
「そういうことか。よしいいよ。ビルの屋上を貸してやるわ」「え、マジ、いくら?」「お金はいいよ。その代わり俺も立ち会っていいか、たぶんあとひとり友達連れてくる」「そうか、まあそれ位は全然いいよ」嬉しそうに頭を下げる信二。亮太は貸しを作ったとばかりに口が緩んだ。

ーーーーー

「ビルの屋上は気持ちいいねえ」当日の夕方、信二とニコールは、良太のビルの屋上に来た。いつもよりは少ないが、テーブルとイスが置いてあり、水が入った複数のバケツが置いてある。そして数多くの手花火。ニコールは物珍しい日本の花火を手に取って嬉しそうに眺めていた。

「え、まさか、今日来る友達が夜久なのか。それは珍しい。学生のとき以来だな」「だろうな。あいつ実家が花火の製造業だから、高校を出て結局花火職人を目指しただろ。例年は夏は一番の稼ぎどき。全国の花火大会を回っているらしいんだ。だからこの時期に、彼女が来るなんてめったにないことだ」信二よりも親しい良太は、空咲花とは小学生からの同級生。どうしても高校で一緒になった信二より親しい関係であった。

「あ、おまたせ、あれ? 西岡君?」するとビルの屋上のドアが開き、信二に声をかける若い女性。ショートカット姿の彼女が、夜久空咲花である。  
 数年ぶりの再会ということもあり、お互い嬉しそうに目を合わせて挨拶。 
 ニコールは、そんな信二を見ると少し不機嫌になる。「あのう!」とワザと大声を出した。

「あ、ごめん紹介する。ニコール・サントス、ビールパブの店長やっているんだ」慌てて信二がニコールを紹介。ニコールが笑顔で挨拶の後、ちゃっかり自分の店のネームカードをふたりに配った。
「そうそう、この前の取材先に行ったついでだけど、今日のために」信二はカバンから、特産品を出してくる。

「あ、聞いてるよ。西岡君は記者さん」「まあ、温泉とかそういうところのだけどね」空咲花に笑顔で質問され、照れを隠すように答える信二。それを見たニコールは不審な目を向けていた。

「さ、じゃあ信二のもってきた特産品でも食べながら、手持ち花火でもやりましょう」
 良太の音頭で花火を始める。例年なら自社の酒をふるまうが、今回は人数が少ないし、自分たちで花火をすることもあって、それは危険と言うことで酒はない。その代わりソフトドリンクが置いてある。

「せっかくだから花火職人の空咲花ちゃんから、花火のつけ方を教えてもらいましょうか」良太に対して手を左右に戸惑う空咲花。「え、いや私のは打ち上げの大玉だから、全然これとは」
「だけどやっぱりプロがいるからな」信二も煽る。

「うーん、困ったなあ。打ち上げも今は電気とか使ってやっているから」空咲花は戸惑いつつも、渋々一本の花火に火をつける。「あ、花火の種類を説明するわ。これはススキ花火ね」といい終えると、棒の先から火花が飛び散りだした。限定された時間にのみ輝きを見せるススキの姿。この小さな花火が、最初にビル屋上の暗闇を彩った。

「よし、僕たちも。ニコール好きなのやってみたら」「そしたら、この変わった丸っこい形の」ニコールが手にしたのは、ねずみ花火。
「それいきなりか!」驚きのあまり信二の目が見開いた。
「ニコールさん、それ火をつけたらすぐ投げてね」空咲花からのアドバイス。ニコールはその通りに行うと、ねずみ花火が光を放ちながら、軽快にビルの屋上を回転するように駆け巡る。本当に生きているかのように動き回ったが、最後に息絶えたような破裂音が鳴り、そこで終わる。
 この後、信二と良太も好きな花火を手に取った。

 手持ち花火のセットの中には小型の打ち上げ花火が結構入っている。何度か手花火で遊んだ後に、この花火を打つ。ただしそういうのは確実に空咲花が担当した。

ーーーーー

 あれだけ多くあった手持ち花火も残り3分の1。最初は4人で盛り上がっていたが、いつしか2組に分かれていた。そのうちの1組は当然ニコールと信二。「打ち上げ花火なら見るけど、こんな自分でやるのは初めてかも」マニラから日本に来てずいぶん経ち、言葉は普通に日本語がしゃべられるニコール。でも日本文化のことはまだまだ知らないことだらけ。
「ニコール、ほらこの線香花火いいだろう。本当に小さい光。だけど江戸時代に作られた伝統的な線香花火が、一番日本らしいと思う」
「そうね。これ丸い球が幻想的に揺れて、それから種類の違う輝きをくりかえす。信二ありがとう」ニコールは笑顔で信二を見つめ、信二もそれに応じる。もう完全にふたりの世界に入っていた。


 さて、そんなふたりをよそに残された良太と空咲花。実はこっちも悪い空気は流れていない。それもそのはずで、良太が信二の要望をあっさり聞き入れた訳がここにある。バケツを複数用意したのも狙い通り。今年は花火大会がほとんどなく、暇だという空咲花を誘うまたとないチャンス。そう最初からこのシチュエーションを狙っていたのだ。「あのふたりは自然にああなる。よし」
 そんなことを心の中で思いながら良太は空咲花に話しかける。「でも空咲花ちゃん、新鮮だったんじゃないか。今年みたいなのは」空咲花に話しかけながらスパーク型の花火に火をつける。即座に放射線状に火花が飛ぶ。
「うん、結構始めてかな。私たちの業界は夏が仕事でしょう。もう、もの心ついたときから夏と言えば、一家で各地の花火大会に行くのよ。
 良太君のところも含めて、みんな夏休みには、海とかに遊びに行くのに、私のとこだけ仕事。花火大会本番もみんな緊張していて、なんだかなあってね」

 空咲花が話している間に、ちょうどスパークの勢いが衰え消化した。
「でもよく、そんな嫌な花火職人を」「でも大人になっていくと、だんだん、やってみたい気になったんだ。私、名前自体が空咲花(はなび)だからもう宿命としか」といて空咲花は口元を緩めた。
「これ終わったな。さて次はどれにしようかな」
「ねえ、つぎは、これにしない」空咲花が手にしたのは線香花火。「へえ、あんな大きな花火玉打ち上げている花火職人が、最も小さい花火か」意外性もあって、良太は興味津々の表情。空咲花は黙って線香花火に火をつける。

「実は私、線香花火が好きなの」「それって派手な打ち上げと、対照的なのかとか」「それもだけど、実は打ち上げ花火って一発上げて大空に弾ける勢いはすごい。でも基本的にそれは瞬間だけの輝きなのよね。余韻の光があるから厳密には数秒かしら」
「そんなこと言っても、花火大会のフィナーレとか、すごい打ちまくっているけど」反論するかのような良太の横で、線香花火は大きく丸まり、次の段階に向かおうとしている。

「そりゃ連射すれば、ずっと派手になっちゃうんだけど、あれもよくよく考えたら、1発は一瞬だからね。地上から大空まで一気に飛び、そして上空で球が割れて火花を散らす。でもこの線香花火って、勢いは本当に弱いけど、実は蕾、牡丹、松葉、柳、散り菊と5段階あるのよ。あ、次は松葉かしら」
 空咲花の言う通り、それまで力強く牡丹の美しさを再現したように飛び出した火花が、今度は四方八方に直線的に密集した姿に変わっている。確かに光る松葉のようだ。
「こんな花火って、打ち上げではないもの。だから余韻が楽しめて好き。まあ仕事じゃないのもあるかな」
「た、確かにな。線香花火は侮れないなあ」良太は線香花火の輝きを空咲花と静かに眺めた。

 こうして良太は、空咲花との距離がこの日で一気に縮まった気がしている。内心ガッツポーズの良太は、秋にどこにデートに誘おうかさっそく頭に思い浮かべた。「空咲花ちゃんに嫌われないように、えっと秋の花、コスモスの美しいところかな」
 ついつい真剣な表情になる良太を見て、空咲花は再び線香花火に火をつけた。そのとき空咲花が嬉しそうに良太にほほ笑んだ。
 なぜならばこの日空咲花も、前々から気になっていた良太に、接近できるまたとないチャンスと思っていたから。


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