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お先にどうぞ  #月刊撚り糸 第804話・4.7

お先にどうぞ」「ああ、これはどうも」
 今日も私は、先に急ごうという人を先に譲った。私は元々おっとり系で、消極的な生き方をしている。だから急いでいる人を見ると、私は「お先にどうぞ」と言って、ほかの人に先を譲るのが好きであった。
 それは急ぎの人ではなくても、少しでも後ろから人がいると、その人に譲る。その方が自分が焦る必要がないし、そのあとマイペースでゆっくりと行動がとれるのだ。

 だから行列は苦手。乗り物での移動とか、それをしなければいけないような理由でない限り、私は行列に並ばないようにしている。
 人気のお店の行列とか、テーマパークの人気のアトラクションに行くことはほぼない。ただし指定席があるようなところ。乗り物でも劇場でもそういうのは結構利用する。最近は事前の時間指定で入れるような人気施設も増えた。そういうところにはあらかじめ予約して利用できるから、人に譲ることなく利用できる。「良い時代になった」といつも喜びながら。

 ある日私はデパートの催しもの売り場で特産品を見ていた。こういうところは人が集まり、売り場によっては行列ができているところがある。私はそういうところは無視し、比較的すぐに手に入るような売り場で気になるものがないか探していた。このとき後ろから人が来たので、いつものように「お先にどうぞ」と、その人に場所を譲る。するとその人は意外なことを言ってきた。「いえいえ、そちらこそお先にどうぞ

 私はすかさず「私は後でいいです。気にしないでください。お先にどうぞ」と返した。これは今までの人生の中で年に数回はあること。私は今回のように「そちらこそお先にどうぞ」と言われてもそれに応じることはない。なぜかと言えば、そうなると後ろにその人が待っている。それが妙にプレッシャーとなるから嫌なのだ。
 その場合、その人はそれを待っていたかのように。「いいんですね。では」という答えで、そのまま先に行ってくれる。

 ところが今日の人は初めてのケース。「いえ、どうぞ、どうぞ、本当に私は後でいいので、お先にどうぞ」と言ってきた。さて、どうしたものか?私は戸惑った。ここまで言われたことがないし、ここで再度「お先にどうぞ」ということが、その人にとって正しいのかわからなくなった。
 むしろこの人も私のように「お先にどうぞ」といって、人を譲ることが好きで、やはり私のように後ろに待たれるのが嫌な人なのかもしれない。かといってその人の前に私がとなれば、私がプレッシャーになってしまう。さて、どうしたものか...…。

 私が固まっていると、その人も固まっている。しばらくの沈黙が続いたが、ここで第3の人が現れた。すると「お先にどうぞ!」と、私とその人が合唱をするように声を出す。
 私とその人はお互いを見合わせた。その中を第3の人が「あ、ありがとうございます」と言って先に売り場の前に向かう。

 少し沈黙後、お互いが声に出して笑う。「アハハハ!」「い、今、合唱になりましたね」それからその人のことが急に親しく感じた。また相手も私のことをそう思ってくれたから、一気に会話が弾んだ。仲良く一緒に売り場を見て、せっかくだからと近くのカフェで一休み。

 ゆっくりと話を聞けば、私と年の差も近い同性の彼女。私が今まで経験したことにすごく似ていることを彼女も経験していることがわかった。知らぬ間に意気投合してしまい、2時間近く会話が弾んだ。
 もちろん連絡先を交換。思わぬところで新しい友達ができた私は、心地よく家に帰った。

お先にどうぞ」それからこの譲り合いの言葉は、やっぱり素敵な言葉と思ってこれからも使い続けようと、私は今もそうしている。
 と、話してたらここですぐ後ろから、急いでいるが小走りに来た。険しい顔つきで、荒い息を出しながら何かに追われているような表情。ここまでの人も珍しい。私はもちろん「お先にどうぞ!」と大声で言ってその人に先に行ってもらった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 804/1000

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