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手が髪から取れない 第785話・3.19

「あれ?どうなっているの」私は突然のことに戸惑った。何気なく髪を触っていたが、突然髪と手がくっついてしまい、離れない。「ちょっとあれ?」私はどうにか指を髪から外そうと努力する。だが地毛の部分が痛くなるまで引っ張ろうが、逆に手を地肌につけるように押し込もうが、どうしても手が髪から取れないのだ。

「2・3分前までなら何事もなくとれたのに...…ど、どうして」私は急に悲しくなった。こうなった以上選択肢はただひとつだけ。それは髪をハサミで切るしかない。しかし、それはできるだけ避けたかった。せっかく伸ばしたロングヘアー。先日、思い切ってきれいなブルーに染め上げたばかり。いくら緊急事態とはいえ、ハサミなんか使ったらお気に入りのヘアスタイルに多大なダメージを与えかねない。それも前髪の部分を切ることになるから、それがどう影響するのかこの時点で予想すらできないのだ。

「切るのは最終手段、ほかに何か方法はないかしら?」
 私は大きく深呼吸すると、この原因と可能性について冷静に考えてみる。まず髪と手の指の部分が複雑に引っかかっているだけなのか、それともピタッと固定されているのかを考えた。前者の引っかかっているのなら根気よく髪を一本ずつ外していけば、最終的に引っ掛かりが取れるかもしれない。もし後者の固定されているのであれば、どうだろうか?髪、もしくは手に接着剤が付いていて、それがくっついて乾燥してしまったことも考えられる。

 私はどちらかの可能性を考えたうえで、まずは前者の可能性を考えてみた。これは時間はかかるが、身体へのダメージが最も少ない方法だ。私は頭を下げると、今使えるほうの手で、髪と手の間で一本ずつはがそうとしてみる。「あ、あれ、動かない。これもダメ?」私は何本かの髪と指をほどこうとしたが、うまくいかない。「だめ、ああ!」動かない部分はまるで接着剤で固定されているような気がした。それでもすべてがそうではない。一部髪が手からとれる部分があるのだ。「少しでも前進ね」私はそうつぶやきながら30分かけて、取れそうな髪を手から外すことに成功した。いまだ固定されているのは事実だけど、それでも半分くらいの髪が手から離れている。

「あとは、やっぱり湯につけるしかないかしら」私はシャワールームに行った。とりあえず服を脱ぐ。いつもなら何の抵抗もなく脱げる服も今回のようなイレギュラーな状態ではいつもの倍以上かかってしまう。「何気ないことが、本当はすごい自由なことなんだ」私は苦心して服を脱ぎながらそう感じた。

どうにか服を脱ぎシャワールームへ。シャワーからお湯が出てきた。私は早速使える方の手でシャワーを髪の前のほう、つまり手とつながっている部分を中心にシャワーのお湯をかける。だが一向にとれる気配がしない。「ちょっと温度を上げてみようかな」私はいつもより高い温度にした。「あ、あち、ああ、あちちち!」しかし普段と違う温度のためか、すぐに熱くなって我慢できない。結局1分ほどで温度を元に戻した。

「シャンプーを付けたらとれるかしら?」ここで私はシャワールームに備えて付けているシャンプーを注目。私は迷うことなくシャンプーを手に髪に懸ける。「ついでに髪も洗っちゃえ!」私は髪を洗いながら、特に手がくっついている部分にシャワーを投下。こうして自由に使える方の手だけを使って髪を洗う。髪を洗うのとシャワーを持つがひとつの手でしかできないからいつもより時間がかかった。だが時間の事よりも、この手が髪から離れること。それだけに私の関心があるのだ。


「ふう、気持ちよかった」私はシャワーで髪を洗い流すと、そのままトリートメントとコンディショナーも使用した。「ついでに体も洗おうかしら」私はボディソープを手に、そのまま体も洗う。結局いつもよりもずいぶん早い時間のシャワータイムとなった。

「さてと」体をふき髪を整えて、部屋着に着替えて部屋に戻る。そのままテレビをつけた。それで何事もなくテレビを見ながら時間が過ぎたが、夜ご飯の時間になって、私はなぜいつもより早くシャワーに入ったことを頭の中で考える。

「あ!」私は今頃気づいた。どうやら髪を洗ったのは正解だったようで、いつの間にか手と髪は離れていたのだ。だがどのタイミングで離れたのか記憶には全く思い出せない。「手が離れなかったことがまるで夢のようね」私はそんな気がした。なぜならばあれからも恐怖を感じることなく、無意識に手で髪を触っている。以降、手が髪に引っかかって取れないなんてことがないから。



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シリーズ 日々掌編短編小説 785/1000

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