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カメラのたのしみ方 第1029話・11.21

「フィクションよりノンフィクションが好きかな」と、友達に言われた時から、私は悩んでしまった。私はカメラ撮影が趣味で、ライフワークのように楽しんでいる。
 私はプロではないが、プロに近いところまでの撮影技術を学んだ。それなのにプロにならなかったのは、プロだとカメラが楽しめないような気がしたから。

「プロにならなくて正解」今でも私はプロにならなくてよかったと思っている。ということで毎日楽しく好き勝手に撮影をしていたが、久しぶりに会った友達からの何気ない言葉。
 それは別に私へのカメラに対する意見ではなかったけど、なんとなくあの言葉に私は引っ掛かりを感じた。
「そもそも写真って、考えてみればノンフィクションは絶対にあり得ないよね」私は今までできるだけノンフィクション的な撮影を意識していたから、この言葉があたかも魚の骨であるかのように私の感情に刺さったのだ。

 夜ベッドに入ってからも考え込む。普通に考えれば目の前に映し出されているものを画像データにしているからノンフィクションだと思いきや、それはあくまで画像データであり、写し出されたそのものではない。
「だとすればフィクションね」私は誰もいない部屋で小さくつぶやく。
「たしかに、目の前で今から食べるラーメンの撮影をしたとする。写し出されたラーメンの画像は目の前のラーメンそのものであっても、それはあくまで画像データだから食べられない。食べるのは写される前の被写体であるラーメンそのもの。うーん」

 冷静に考えれば当たり前のことであるが、引っかかりがきっかけで、どうやら私の感情の起伏が大きく動いている。だから私はしばらく頭の中で考えごとを続けていたが、気が付いたら眠っていた。


 翌日、昨日の悩みが嘘のようにどうでもよくなっていたのか、気持ちがスッキリしている。「さて、撮影しに行こう」私はカメラを手に外出した。私はできるだけリアルなものを撮影するのが好きだが、どちらかと言えば山を撮影するのが好きである。「今日はあの山に行こう」休みの日だから少し遠出はできた。私の場合、お気に入りに入っているいくつかの山を巡回して撮影に行く。どの山にするかはその時の気持ちのモードによって変わる。
 今日は少し遠い山を目指した。その山は遠いが遊歩道が整備されていて、歩きやすい道が続いている。

 移動中に私はまた昨日のことを考えていた。でも悩みではない。
「どっちにころんでもカメラ撮影だから」今日は冷静に戻っている。それでも撮影を少しでも自然なリアルそのものにするには、どうしたらいいかと考えた。
 気が付いたら山麓に到着する。遊歩道の入り口からは坂はあるが、何度も来た道だ。非常に歩きやい山道である。

 私は山を登っていく。いつもなら気になるものを片っ端から撮影するが、今日はする気が起きない。まだ昨日の言葉が引っ掛かっているのかもしれないが、撮影する気になれないのだ。
 
 私は黙々と歩き、あっというまに広いところに出た。ここは小学生の遠足でも使えるような展望が開けた公園だ。この日は小学生もおらず、あまり人がいないがここからの景色は素晴らしい。
「うーん、どう撮影しようか」さすがにここまで来ると撮影モードに入る。カメラを構えてファインダー越しに被写体を見た。それは展望から見える眼下の風景。いつもならピントを合わせながらシャッターを押すが、今日は違う。なぜかシャッターが押せないのだ。
「ダメ、雑念が入っている。まずい、あんなに撮影が好きだったのにどうしたのかしら」
 すでに昨日の事はほとんどどうでもよくなっていたのに、もしかしたら無意識の深い位置で、何らかの引っかかりが残っているのだろうか?そんな気がした。
「無心にならないと」私は雑念が入ると目をつぶり瞑想をする。そうしてころを落ち着けてから行動をとった。

 いつものように目をつぶって無心になる。わずかに耳からは風が吹き木々が揺れる音がした。こうして無心になったが、このとき無意識にカメラを持っていた指が動く。気が付けばシャッターボタンを押した。「あ!」私は慌ててカメラを見る。ちょうどカメラのレンズは下を向いているから、写し出されたのは地面。
「うん?」そのとき私はふと面白いことを考えた。その撮影された画像は地面が写されており、カメラの角度の関係で影が濃いところと薄いところがあるとかそんな画像。とても人に見せられる代物ではない。

「目をつぶって撮影。オートモードかな」私はカメラを普段やらないオートモードに切り替える。そして目の前の期にレンズを合わせた。だがここで私は目をつぶるとそのままシャッターを押してみる。
「お、何々、今度はあくまで木にむけて撮影したから、しっかりと木が写っているね」だがこのときはカメラ技術を完全に封印したオートモードだ。いつもとは違う雰囲気の木が写っていた。だが私はそれに面白みを感じてしまったのだ。

「今日は目をつぶって撮影してみよう。プロじゃないし、色々楽しんじゃえ!」こうしてこの日、私はあえて撮影の瞬間に目をつぶるという暴挙に出た。そのまま何枚か撮影してこの日の撮影は終わる。
「面白いわ、またやろうかな」私はその日の帰りにそう考えた。

 だが次の日に前日に撮影したものを見たとき、私は直感で「やっぱ、そんなのやめよう」と口走る。

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シリーズ 日々掌編短編小説 1029/1000

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