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西に見える虹 第742話・2.4

「おお、虹が見える!」西岡は、ビルの屋上から見える虹を見て感動をする。「あれは西の方向かあ」西岡は丘の上から天に向かって伸びる虹を見てつぶやいた。
「ありえないが、西に歩けば虹の前に行けるかも」西岡は突然そんなことを考えてしまう。そのまま慌ててビルを降りる。ビルの下まで来たら今度は虹のある方向、つまり西に向かって歩いていく。
「おお、消えてない。よしどこまで近づけるかな」西岡は虹のある丘の方を目指して歩いて行った。

 天気は曇ったまま。西岡の頭の中ではわかっていた。「いずれ虹は消えて見えなくなる」と。だが、虹はいくら歩いても消えない。それどころか少しずつ虹が大きくなっているような気がしてならない。「ええ、これはいつもの虹とは違うのか?」
 西岡はより興味を持ち始め、少し小走りで虹の方を目指した。

ーーーーー

「え!」西岡は驚きのあまり声を出す。山のすぐふもと、7本の光が地上から天に向かって大きな弧を描いているではないか。「こんな虹みたことがない。でも下に発光装置もないのに」
西岡は虹に手を置いた。そうすると虹に感触がある。悪い感触ではないが少し柔らかい気がした。「これって登れるとか」西岡は虹によじ登ろうと左足を上げてみる。足は虹の場所に接触すると、感触があった。手の時同様柔らかくゴムのようになっている。足はしばらくのめりこんだが、ある程度まで沈むと以降は沈まない。
「おいおい、虹に足を乗せられるぜ」西岡は左足を虹に乗せたまま、右足を乗せてみる。右足を挙げるときに左足に重心が行くが、それによって虹に影響はない。右足は左足より少し上の部分に接触させる。やはり柔らかい感触があり、しばらくのめりこむが、途中で右足が止まる。以降力を入れても下にはいかない。
「よし、これ昇れるぞ」西岡は、左足を上げる。上げるときに少しだけ抵抗はあったが、すぐに虹から足は離れた。こうして右足よりさらに上に置いてみる。やはり同じような感触をして足は止まった。西岡は同じように右足、そして左足と、どんどん虹を登っていく。

 登れば当然高度が上がる。やがて周囲の家が下に見えた。だが不思議と恐怖はない。なぜだかわからないが、落ちるような気がしないのだ。こうして虹をどんどん登っていく。「あそこで見たんだな」西岡は右、つまり東方向に見えるビルを眺める。あのビルの屋上のことが遥か過去のような気がしてきた。西岡はさらに登る。最初はゆっくりと登っていたが、慣れてきたのか普通に歩きだす。高度はどんどん上昇し家などは模型以下の存在になる。それでも不思議と恐怖が起きず足は快調に前進した。

 やがて虹の角度が変わる。最初はほぼ直線上に上昇していたが放物線を描くように角度が下がっていく。「ということはやがて下がっていくのかな」西岡は想像したが、多少角度が変わってもどんどん上昇するようだ。「いったいどこまで上がるのだろう」西岡は徐々に疲れてきた。「もういいか、下に降りよう」西岡は足を止めて後ろを見る。「あああ!」このとき初めて、今自分がとんでもないほどの高い場所にいることに気づく。急に恐怖が全身を襲い、足が震えている。「こ、怖い」西岡は体をゆっくりとしゃがむと、虹に対してうつ伏せの状態をとった。手で虹をつかもうとするが、虹は柔らかいがつかめない。仕方なく手を押し込むと、足の時同様途中で止まる。この状態からゆっくりと、両手両足を使って下に降りる西岡。上がるときにはあんなに楽しかったのに、いざ降りるとなると、恐怖ばかりが襲って中々下に降りられない。

 さらに西岡にとって最悪なことが起きようとしている。曇ってはいたが、まだ白っぽい色をしていた雲。ところが遠くから見るからにして不気味な黒っぽい雲が迫ってきた。「もしや雷雲?ちょっと待てここだから間違いなくアウトだ」西岡は更なる恐怖におびえながら、必死に虹から降りようとする。 
 だけどやはり非常に高い高度だから、西岡の動きは鈍い。ひとつの動作、おおよそ1メートルを降りるのに、2・3分もかかっている。
 そんなことをしているとますます暗黒の雲が空を追い出す。その暗黒も雲とわかるシルエット。間違いなく雷雲とわかる。「いそがないと、ああ、怖い!」西岡はとにかく体を震わせながら下に降りていく。だがやがて色だけでなく音がした。これは雷鳴だ。「ひ、ひえええ」もう死ぬかも。でも急いだら落ちて死ぬ。うわぁ絶体絶命だ」
 なおも西岡は頑張って降りる。突然目のなかに青白い光が見えたかと思うと、直後に強力な雷鳴が聞こえた!「もうダメだ!」

ーーーーーー

「大丈夫か西岡!」声を聴いて我に返った西岡。ここは美術館の中である。隣にいるのは一緒に美術作品を見に来た横中だ。「あ、よ、横中、あ、おれ死にかけた」と口を震わせながら西岡は説明するが、横中は軽蔑のまなざしを西岡にぶつけながら首をかしげる。
「お前、絵に没頭しすぎだ。10分以上も同じ絵を見てただろう」「え?」驚く西岡。「あの絵だ」横中が指をさしたもの、それは丘とその手前に天まで届いている虹が描かれた絵。タイトルは「西の虹」である。




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シリーズ 日々掌編短編小説 742/1000

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