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長編

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複数編の怪談です。一編の長さは中編と同等か若干長いです。
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#出雲

異形の匣庭 第二部⑩-1【別のモノ共】

異形の匣庭 第二部⑩-1【別のモノ共】

 鋭いナイフの先端からポタポタと水滴が落ち、黒い岩石で出来た床をさらに黒黒しく染めていく。今まさに誰かを突き刺し殺めて、その場に立っていると言わんばかりの量の血だ。彼女が何者で幽霊か付喪神かあるいはその他に分類されるのかはどうでもいい。明らかなのは彼女が僕を見て生気の無い顔に恍惚な表情を浮かべながら、棚の間をゆっくりとこちらに歩いて来るという事だ。
 棚と棚の間隔は彼女は通れても服が引っかかるはず

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異形の匣庭 第二部⑨-2【逃走】

異形の匣庭 第二部⑨-2【逃走】

 至る所から水の滴る音が反響して聞こえ、上着を着ないと鳥肌が立つくらいの寒気が漂っている。洞窟は天然の冷蔵庫とはよく言ったもので、まさにその通りの気温だ。山の上にある事も相まって余計に低いのだろう。地面には池にある様な遊歩道が設置され、人二人が余裕で通れる幅はある。道の真ん中と両脇が薄く窪んでいるのは、長年ここに何かを運び入れているからだろうか。携帯のライトで届く範囲の奥を照らすと遊歩道には手すり

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異形の匣庭 第二部⑨-1【逃走】

異形の匣庭 第二部⑨-1【逃走】

 柄の悪い女子達が頻繁に使う「先生トイレ」を使ったのは初めてだった。相当苦し紛れの言い訳だったけどそこは察してくれた様で、特に言及される事なく口論の場から離れられた。嘘をついたのなら堂々と離れに戻ればいいのに、わざわざ律儀に行こうとする所が我ながら子供だと思う。行きたい訳ではなかったけれど、背中に刺さったままの視線も痛いしバツも悪いしで僕の足はトイレを目指していた。
 昨日今朝と教えて貰わないと辿

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異形の匣庭 第二部⑧-2【勉強会】

異形の匣庭 第二部⑧-2【勉強会】

 祖母は昼ご飯の準備をしに行ったので、日付の古い順にひたすら読み漁ることにした。手紙を一枚読む度に説明されていたんじゃ、どれだけ時間があっても足りない。夏休みが終わる前には東京に帰る事が前提で承認された、公認(?)の家出なんだから、有効に使わなきゃ。家出の場所を親に把握されてるっていうのはかなり居心地が悪いけど……。
 二つ目の手紙には夢にお釈迦様が出てきて、仏間の戸が開いているから締めるようにと

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異形の匣庭 第二部⑧-1【勉強会】

異形の匣庭 第二部⑧-1【勉強会】

 どんよりとした気持ちで向かった縁側で、祖母がお茶を飲みながら待っていた。隣に座るよう促され、のどかそのものの縁側に腰掛ける。お礼を言って差し出されたお茶を飲みながら、島根特産らしいお菓子に手を伸ばした。出雲三昧という名前らしく、粒入りの羊羹を落雁と求肥で挟んであり、見た目からしても美味しい。一口かじると、滑らかで柔らかい感触の中から、甘すぎず小豆の濃密で優しい味わいが口いっぱいに広がった。
「セ

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異形の匣庭 第二部⑦【それぞれの事情】

異形の匣庭 第二部⑦【それぞれの事情】

 翌朝、例のハグで強制的に目覚めさせられた僕は、鳴海と共に朝ご飯前の掃除を任されていた。
「昨日の手伝うって言ったでしょ、お婆ちゃんに手伝いますって言いに行って今すぐ」
と強制的に参加させられた。一晩泊めて貰ったからそれくらいはと快く手伝うつもりだったのに。
「普通自分から手伝うって言わない? 昨日も思ったけどさ、そういう気遣いとか感謝って気持ちが足りないんじゃない? うんーとかいやーとか適当な事

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異形の匣庭 第二部⑥【理由】

異形の匣庭 第二部⑥【理由】

「ようこそおいで下さいました。大したおもてなしは出来ませんが、心行くまでおくつろぎ下さい」
 彼女がタイミングよく現れたのは僕が叫び声をあげた後、恐らく襖の裏で待機していたからだと容易に想像が付いたけれど、彼に向かって礼儀正しく深々と頭を下げて挨拶したのには驚きを隠せなかった。あの粗暴な彼女が恭しい態度を取れるなんて──顔に出ていたのか後ほど脇をどつかれたが──思わなかった。
 でもその態度から、

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異形の匣庭 第二部⑤【説教と変容】

異形の匣庭 第二部⑤【説教と変容】

「痛ててて……」
 離れに通されて荷物と腰を下ろす。ため息を吐くだけで全身が痛い。どれもこれもあの子のせいなんだけど、明日は間違いなく筋肉痛に悩まされそうだ。
 聞けばちゃんとした山道があって、更にそっちの方が時間も掛からないとくればなんかもう……言葉も出なかった。一周回って怒る気にもならず、挨拶もそこそこに一先ずはお風呂に入って着替えるようにと言われ、現在に至る。道中着ていた服は見るも無残な姿に

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異形の匣庭 第二部②【早い再会】

異形の匣庭 第二部②【早い再会】

 物心がつく前からこのノートが絵本の代わりだった。母さんがくれた古びたノートには僕の知らない事が沢山書かれていた。山の天候の変化とか道具の手入れの仕方に建築の基礎まで、内容は多岐に渡っている。小さい頃は暇さえあれば読んで読んでとせがみ、母はそれに応えてくれた。沢山沢山聞かせてくれた。でも、どんな空想の物語よりも母の体験とそれを話す顔が大好きだった。それだけ母の毎日は充実していて、実りある人生だった

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異形の匣庭 第二部① 【神の地に降り立つ】

異形の匣庭 第二部① 【神の地に降り立つ】

 第一部はこちら↓

車窓からの眺めは初めこそワクワクしたものの、あとは案外退屈な風景が続くだけだった。一度も登った事のないスカイツリーを遠目に見ながら、ビル群を横切りトンネルをいくつか通過していく。時折雄大な自然が垣間見得、無機物的な景色から様変わりしていった。けれど幾度も見掛ければそれも只の風景でしか無く、コンクリートのジャングルと何ら変わりない。
 ただ、温度に関して言えば家を離れれば離れ

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