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子育て回想記~そのままのあなたでいい~

今から10年前。
息子は、幼稚園に入園した。

入園式こそ、
喜んで行ったものの、
翌日から、登園を渋った。
それは、予想通りのことだった。

息子は一人っ子で、
それまで、
ほとんどの時間を 
私と2人で過ごしてきた。

もちろん、
主人、祖父母やいとこ、
近所の友達との
触れ合いもあったが、
私と2人で過ごす時間が
圧倒的に長かった。

息子にとって、
幼稚園への入園は、
穏やかな日常を脅かされる
恐ろしい出来事だったに違いない。

慣れるまで、
かなり時間がかかるだろう。
私は覚悟していた。

3日目の朝から泣かなくなり
少し拍子抜けしたが、
それは、
泣かないというだけであって、
園生活に慣れた
ということではなかった。

その後間もなく、
慣れない園生活へのストレスは
体の不調として現れ始めた。
行っては休み
行っては休み
そんな生活が続き、
いよいよ、
本格的な登園拒否が始まった。

起きて、
ご飯を食べて、
歯を磨くまではご機嫌なのだ。

登園時間が近づくと 
「行きたくない」
と渋り始める。

幼稚園までは
バスで通っていた。

何とかしてバス停まで
連れて行かなければ…
何か良い方法はないものか…
私は、あれこれ考えた。

ちょうどその頃
息子に読んであげていた
『ねずみのでんしゃ』
という絵本があった。 

それは、こんなお話だ。

『学校に行くことを渋る
 7つ子ねずみたち。
 困ったお母さんねずみは
 あるアイデアを思いつく。
 それは、通学路に線路を作ること。
 お母さんねずみは、
 夜の間に、家から学校まで
 毛糸を転がし線路を作った。
 線路を見て、喜ぶ7つ子たち。
 道中様々なハプニングもあったが
 線路のおかけで、7つ子たちは、
 お友だちと毎日楽しく
 学校に通えるようになった』

これでいこう!

私は、
一足先に玄関に行き
息子に気付かれないように
毛糸で編んだ長い紐を
そうっとお尻に垂らした。

そして、わざとらしく叫んだ。

「あれっ!
お母さんのお尻に
尻尾が生えてる!」

「えっ?どうしたの?」
息子が驚いて
玄関までやって来た。

毛糸の尻尾をまじまじと見つめ

息子「いつ生えてきたの?」

私「気が付いたら生えてたの!」

息子「えっ、どうして?」

私「お母さんも分からないの!」

そんな会話をしばらく交わした後
私は玄関を開け、
大きな声で叫んだ。!

「ねずみのでんしゃ
しゅっぱーつしんこう!」

息子は、靴を履き
嬉しそうに尻尾に掴まった。

チューチューゴーゴー
チューゴーゴー
ねずみのでんしゃだ
チューゴーゴー♪

ねずみのでんしゃは、
角を二つ曲がり
あっという間に
バス停に到着した。

やれやれ。

ほっとしたのもつかの間、
遠くに幼稚園バスの姿が見えた途端に
息子はくるりと向きを変え、
今来た道を一目散に駆け出した。

慌てて息子を追いかけ
抱きかかえた。

「行きたくなーい」

息子は、激しく泣いて抵抗した。
「よろしくお願いします」
暴れる息子を
添乗員さんに託した。

バスのドアが閉まると
もはや逃げられないと観念したのか、
息子は泣き叫ぶのを辞め
おとなしく座席に着いた。
そして、
顔をぐしゃぐしゃにして、泣いていた。

これじゃ、
まるで拉致だ。

胸が張り裂けそうになる。
他にやり方があるのでは…
もっと、ゆっくり
時間をかけて…

でも…

お母さんは心を鬼にして
子どもから離れなければならない
お母さんに未練があると
子どもは余計に離れがたくなる

この教えが、
私を縛り付けた。

私は、結婚前まで、8年間
幼稚園教諭をしていた。

だから、
こういう場面はたくさん見てきた。
こういうお母さんを見て
先生たちが何と言うかも…。

親の立場になって
改めて思った。 

やっぱり…
その子のペースでいいんじゃないか…
時間がかかったっていいじゃないか…
いずれ、離れていくのだから。 

でも、その時の私には
それが出来なかった。

迷惑がかかる…。
それに…
心配性で神経質な母親だと思われる…。

私は、自分を守ってしまった。

ここは、
笑顔で見送るのが正解なんだ。
そう自分に言い聞かせ、
不安と恐怖でいっぱいの息子に、
笑顔で手を振った。

泣いちゃ駄目だ…
下唇をぎゅっと噛んで、
何度も自分に言い聞かせた。

バスを見送った後、
頬を涙が伝った。

それからも、
息子は、毎日登園を渋り、
体調もずっと優れなかった。

何度も心が折れそうになった。

それでも、来る日も来る日も、
ねずみのでんしゃを走らせた。

唯一の救いは
息子がねずみのでんしゃに
乗ってくれたことだった。

息子は、
バス停までの道のりを
ねずみのでんしゃに乗ることを
楽しんでくれた。

幼稚園に通うということ。

それは、
知らない大人、
知らない子どもが
たくさん居る場所に
たった一人で出掛けていく
ということ。

それは、
息子にとって
人生で初めての
大きな試練だった。

もちろん、
あのことが、
息子を
逞しく成長させたことは確かだ。

ただ、今は思う。

幼稚園は、
時間をかけて慣れていけばいい。

どうしても辛いなら
行かなくてもいい。

バスに乗りたくなかったら
無理矢理乗せなくてもいい。

焦らなくていい。
その子のペースでいい。
みんな違っていいんだ…と。


子育て、教育に
正解はない。

幼稚園や学校の先生、
偉い人たちのが言うことが
全部正しい訳ではない。

子どもは、一人一人皆違う。

全ては
目の前の子どもと
向き合うことから始まる。

もちろん、
どうしても
こちらの都合を
優先させなければならないことも
あるだろう。
また、
ここぞという時には
背中を押してあげる必要も
あるだろう。

そう言うときは、
きちんと話せばいいのだと思う。
あなたの気持ちはよく分かる。
けれど、
今はそれは出来ないのだと。



私は、
ずいぶんと
自分の心に嘘をつき、
息子の心を踏みにじってきた。

自分の心の声、違和感を、
置き去りにして
正しいとされることを
し続けてきた。

でも、それで
心が満たされることは
なかった。

幸いにも
息子は、
色んなサインを送って
私に知らせてくれた。

お母さん、
それは本当に僕のため?
それはお母さんのためでしょ。

私は、
握りしめていたものを
一つずつ、
手放していった。



そうして、
たくさんのものを手放して
今では、
本当に
生きるのが楽になった。

あなたはあなたのままでいい。
私は、私のままでいい。

私は、今、
息子といることが
心から楽しい。

息子にのぞむことが
あるとすれば、

あなたが
生きたいように
生きてほしい

ただそれだけだ。



正解を求めて
懸命にでんしゃを走らせていた
あの頃の自分に言ってあげたい。

あなたは
あなたのままで、
いいんだよ。

と。

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