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なんだこの感じ、この感覚。

『僕はきっとこの温度を忘れることはないだろう。』

中学生編 -6

「何だよ、見せたいのって。」

ヒサミツが訝しげな顔をして、僕の部屋の本棚を手持ちぶさたに品定めをしている。

遙か古(いにしえ)から、初めて訪れた部屋において繰り返し行われてきたであろう、ささやかな通過儀礼である。

しかし、僕の一番の愛蔵書である宮沢賢治大全集には微塵たりと興味を惹かれなかったようであり、遺憾ながら彼は早々にテレビの前に座を移してきた。
(僕はその全集の附録であった著者近影のフォトスタンドを机に飾り毎日眺めていたくらいには賢治信奉者である)

「まぁそう焦るなって。腰抜かすぜ?」

そんな洋画の吹き替えみたいな言い回しをしたくなる様な心持ちだった。

ふたりして床に胡座をかき、濃い目のカルピスで喉を潤す。

そこで僕はずっと録りためていた、音楽番組のミュートマジャパンからセレクトしたVHSのテープをデッキに突っ込んだ。

なぜか少し緊張している。
ヒサミツも黙っている。

別に自分が歌うわけでも演奏するわけでもないのに。

まずはここからじゃんか。
そのつもりで声かけたんだろ?

どうにでもなれ、という気分で再生ボタンに手をかけた。


しかしそんな気持ちも、この曲が再生された途端どこかへと消え去った。

この、初々しさが過ぎる尊さ。(当時は解っていなかったが)
が故の、天然極まりないなPOPさ。
そして、この圧倒的なビジュアル。(と、笑顔…!)

「これさ、昼間に渡したテープの群馬の後輩バンドらしいんだよね。」

横目でヒサミツを見ると、言葉を失い画面を食い入るように注視している。

ヤベぇ、しくじったか…。

カラン、とすっかり水滴だらけになったグラスの中の氷が音を立てた。

「・・何だよこれ…スゲェ髪型だな。」

そこかい。
いや、でもそう思うのも無理はない。
まだ彼らはデビューしてさほど経ってもいなく、一般的な音楽番組には殆ど露出していなかったので、こんな奇想天外なビジュアルを目にするのはヒサミツも人生で初めてな筈だ。

見るに、小学生の時から着る服や髪型にこだわりの片鱗を見せていたヤツにとっては、そこが引っ掛かるポイントだったみたいだ。

うん。まずまず、狙い通りだ。

そこで僕は気を良くし、片っ端からお気に入りのインディーズ・バンドのライブ映像を流し続けた。
そして気が付くと、バンドがいかに格好良いかを、無我夢中になって語り倒していた。

相手がどう聴いているかなんて判らなかったし、もはや気にもしていなかった。
音楽の話を思いっきり出来る歓びにただ浸っていたのだ。

それがこんなにも心躍ることだなんて。

少なくとも、彼は僕がこんな喋るやつだったんだと、初めて知ったことだろう。

「それとさ、これがあるんだよね。」

僕はさらに調子に乗って、押し入れから黒いケースを引っ張り出すと、仰々しく蓋を開けてみせた。

「え。なにコレ、エレキ…ギター?」

「そう。ほら、こうやって弾くと音出るべ?」

そう、あの時の吉岡の兄ちゃんみたいな華麗さには程遠いが、今ずっと観ていたビデオの楽器と同じヤツなんだぜ。

「ふーん、す、すげーじゃん。」

あまり認めたくは無さそうだが、どう見ても気になって仕方ないという顔をしている。

「弾いてみなよ。」

ヒサミツは壊れモノを扱うようにぎこちなくギターを受け取ると、さっそく初心者あるあるのテレビ画面を観たままと同じ左向きに構える。
(BUCK-TICKの今井さんに関しては左利きなのだが)


「えっと、それはこっち側にして、ここをこう押さえて、右手でこのピックってやつを持って、はい、弾く。」

♪ジャギョ〜ン

コード・ポジションも何も出鱈目だが、どうであれその手から初めて生まれた小さな音符が、小さな部屋に鳴り響いた。

「・・おーーっ!」

同時に目が合い、二人で声を上げた。

いつもクールを気取っているヒサミツが、見せたことのないような目の輝きをしている。

何だよ、こいつ、こんな生き生きとした表情するんじゃん。

あれ。なんだこの感じ、この感覚。

もしかして。

これって、いわゆる、仲間…ってやつかな・・?

あの頃からずっと、真っくらやみだった心の奥の底の方から、ふつふつと感じたことのない震えのような感情の泡沫が、湧き上がってきて止まらない。

なんだよなんだよこれ。。

「あ、あのさ…! 」

ヒサミツはギターの匂いを嗅いでいる。
…匂いを嗅いでる?

「えっとさ、俺と、バン」

「あ。」

「え?」

「俺もうディナーの時間だから帰るわ。」

壁時計を見上げたヒサミツは、すっかり涼しげな顔に戻り、そそくさと帰り支度をし始めた。

ディ、ディナ〜?
なんなんだよ、これだから地主貴族は…!

窓の外を見ると、いつの間にかすっかり辺り一面には濃紺のベールが降りてきていた。

たしかに、俺、夢中で喋っちゃってたしな。
(…ん、俺?)

二階の部屋から階段を降り、玄関先まで見送っていく。

「じゃぁまた来週学校で。」

「ああ、じゃあな。」

ヒサミツは最新モデルのNIKEの靴紐を結ぶと、夜が始まったばかりの住宅街へ歩きだした。

・・まぁ、はじめてにしてはこんなもんだよな。
今夜もまたミックステープ作るか。

玄関のドアを閉めようとした時、ヒサミツが振り返った。

「あのさ。」

「なにー?」


「まぁまぁ楽しかったぜ。」


僕は、僕らは、これからどこへ走っていくのだろう。

見上げた空には、ひと際明るく一番星が輝きだしていた。


ーつづくー



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