退屈な旅行
小2か小3くらいのとき、家族でトルコ旅行に行った。
現地のガイド付きのツアーで、バスに乗っているだけで乗客を色々な観光地まで運んでくれた。
古代の遺跡やら世界遺産の絶景やら、
大人になった今でこそ最高に心が躍りそうな場所を見たけれど、あの頃はまだ幼くて面白さがさっぱり分からなかった。
ほとんどの記憶を、ひたすらに進んでいくバスの長距離移動に飽き飽きしていた思い出が占めている。
たしか私はずっと不機嫌だった。
大人は寝てばかり。
姉は相手にしてくれない。
スマホも音楽もなく、手元にあるのはお菓子と自由帳とペンくらいのものだった。
(実際には両親が色々用意していて覚えてないだけかも)
自宅から徒歩で行ける範囲が世界の全てで、日本の街並みもよく知らなかった私に、車窓から見える景色が特別なものだと気づくことはできなかった。
朧げな記憶の中に、くだらないシーンばかりが焼きついている。
野良猫があらゆるところにいた。
猫が好きだから、可愛くて嬉しかった。
野良犬もいた。
可愛くて嬉しかった。
足元だけ白かったから、ソックスと名前をつけた。お別れするのが悲しかった。
トルコアイスが思ってたより伸びなくてつまらなかった。
近所のスーパーで売っていたトルコ風アイスはスプーンで掬うとびよ〜んと伸びたのに、本場のアイスは少しも伸びずにプチンとちぎれた。
初めてラクダを見た。
背中のコブがブヨブヨしていた。
乗ったのか、乗らなかったのか、
覚えてはいない。
食べ物が口に合わず食べれるものがサラダとトマトくらいだったのに、でっかい口内炎ができていて痛かった。ホテルの鏡で恐る恐る口を覗くと、口内炎というかほとんど傷で怖かった。
お腹の弱いお父さんがトイレにこもっていた。
トルコ人は日本人にとても優しかった。
観光地の人はたいてい日本語が喋れた。
子供の私をとても可愛がってくれて、人見知りな私は困ってしまった。
レストランで店員の男性からほっぺにキスをされ泣いてしまい、父親に店の外に出されて怒られた。
「この世は理不尽だ…」と不貞腐れる私に、その男性はすごく紳士に謝ってくれた。
顔も忘れてしまったあの時の人、ごめんなさい。
恥ずかしくって泣きました。
どの店に行ってもチャイが出てきた。
繊細な模様の入ったガラス茶器で出てくるチャイは、チャイと言うより甘ったるいアップルティーの味がした。
ピスタチオがあらゆる所で売られていた。
日本の甘栗みたいなノリだなと思った。
ピスタチオの美味しさに目覚めた。
街中に小銭が落ちていた。
見かけるたびに拾い集めた。宝物みたいに思えた実際にはしょぼい金額のそれらを、最後にホテルの部屋に清掃員へのプレゼントとして置いてきた。
日本語の手紙を添えた。
帰りの飛行機に乗った瞬間、安堵感と疲れが押し寄せてきて、目を閉じた。
目を開けると一瞬で日本に着いていて、10時間以上のフライトをワープしたのかと思って意味がわからなかった。
カラカラの喉を水で潤した。
外を歩きながら、ふと思い出す。
旅行中はずっと今日のような気持ちのいい晴れ空が続いていたんだ。
大金を叩いて連れて行った海外で、口を開けば「帰りたい」と文句ばかりを言う娘に両親は何を思っただろうか。
しかし少なくとも今日の私は、
あの退屈なトルコでの日々を、良い思い出として思い出している。
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