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掌編 『火を点ける』
煙草……ガキのころ、おれにはたくさん親戚がいて、どうしてかみんな煙草を吸ってた。おれは何よりクリスマスを楽しみにしていた。みんなが集まるのもあるが、従姉妹の姉ちゃんと会えるのは、クリスマスだけだったから。
姉ちゃんはーー名前はすっかり忘れてしまったーー醜いおんなだった。にきびやそばかすだらけで口の端は汚れていて、糸みたいに細い目に目やにをつけて、鼻はひん曲がり唇は腫れ、いつもよれたタンクトップを
掌編『Killer Cars』
その日、僕ら2人は何となく苛々していた。そしてそのことを、互いに感じ取っていた。
何というわけでもなかった。だから、何も出来なかった。これまでも、どちらかの機嫌が悪いことや、あるいは調子が悪いことはあった。けれど、そんな時は、そうでない方が工夫し、なんとかうまくやり、ほとんど喧嘩もないまま穏やかに過ごしていた。
そんな風にして、僕らは高校2年のころから付き合い始め、10年が経っていた。
肌
掌編『青と黄色のトイレの絵本』
「青と黄色のトイレの絵本」女の子は恥ずかしそうに、消えてしまいそうな声で僕に言った。
エプロンからボールペンを取り出す。母親は隣で「すみません」と申し訳なさそうに眉をひそめながら、微笑んだ。
感じのいい親子だった。母親は赤いカーディガンを羽織り、デニムを履き、キャラメル色に染めた髪を首にあたらない程度の長さで切り揃えていた。女の子は目が大きく、4、5歳くらいに見えた。赤いスカート、白いTシャツ
掌編『机の上にミントチョコレートも置いていない宿泊施設をホテルと呼んでよいものだろうか』
机の上にミントチョコレートも置いていない宿泊施設をホテルと呼んでよいものだろうか。
そう言ってみると、女はあからさまに嫌な顔をした。
「べつに気にしませんよ、私は。ミントチョコレートなんて置いているホテルに泊まったことありませんし」頬を膨らませながら荷物を整理する姿は、妻を思い出させた。
女は大学生で、21歳だった。
私は映画を作っていて、彼女とは親子ほど歳の差がある。彼女は映画制作のア