見出し画像

私の読書遍歴(8)/悩みと不安の中で(後編)

(前編)で、30代後半から40代初めの私が抱えていた悩みと不安をお話しました。今回は、その悩みと不安の時期に読んで、私の支えになった本を取り上げます。
画像出典:https://pixabay.com/ja/users/pok_rie-3210192/

(前編)はこちら

画像出典:https://pixabay.com/ja/users/pok_rie-3210192/

1.切り離しと遁走

 私は《職業人としての悩みと不安》、⦅家庭人としての不安》に苦しんでいるうちに、いっそのこと、職業人、家庭人の役割を捨てて遁走したいと思うようになりました。
 
 人間は⦅個別存在としての自分》・《社会人(職業人)としての自分:》・⦅家庭人としての自分》の3者の力の力関係が拮抗して形成される《場》のようなものです。
 人それぞれが、⦅私という場⦆を維持していくのに一番適したバランスを選べばよいし、家庭を持たない選択もあって良いと考えています。ただ、3者ないし2者の力が拮抗していないと《私という場》が崩れてしまうのです。

 悩みと不安の時代には、⦅職業人として自分》が、⦅個別存在としての自分》に対して、従来のキャリア・パスを歩き続けろと強く迫っていました。《家庭人としての自分⦆は、⦅個別存在としての自分》に対して、私を含めた三世代の柱としてもっとちゃんとしないと、この先の人生が成り立たないぞと強い脅しをかけてきていました。この2者からの力に⦅個別存在としての自分》が押し込まれ、⦅私という場⦆が崩れかけていたのです。

 《私という場⦆を立て直すためには、⦅個別存在としての自分⦆を、いったん、後の二人から切り離して、この自分を力づけてやる必要がありました

 ですから、この時期に愛読し、熟読したのは、⦅個別存在としての自分》が、あとの二人から逃げ出して自由を得ようとする主人公を描いた小説でした。

 その中から、もっとも、印象に残っている2作品を取り上げます。
 

2.夏目漱石『門』

 『門』は、夫婦関係から自分を切り離そうとする男を描いた小説です。主人公、宗助は、不倫によって結ばれた妻、御米と暮らしている三十代の男性です。宗助は、一見、御米と強い絆で結ばれています。

 夫婦は世の中の日の目を見ないものが、寒さに堪えかねて、抱き合って暖を取るような具合に、相互同志を頼りとして暮らしていた。・・・〈中略〉・・・
 二人の間には諦めとか、忍耐とかいうものが絶えず動いていたが、未来とか希望というものの影はほとんど射(さ)さないように見えた。彼らは余り多くを語らなかった。時としては申しあわせたように、それを回避する風さえあった。

夏目漱石『門』(ワイド版岩波文庫 2007年)P38

 しか.、他方で、彼の中では、常に御米を切り捨てて夫婦関係から逃げ出そうという心理が働いています。

宗助は過去を振り向いて、事の成り行き(なりゆき)を逆に眺め返しては、この淡白な挨拶が、如何に自分らの歴史を濃く彩(いろど)ったかを、胸の中であくまで味わいつつ、平凡な出来事を重大に変化させる運命の力を恐ろしがった。(太字化は楠瀬による)

夏目漱石『門』(ワイド版岩波文庫 2007年)P163

 宗助は、大学での親友・安井の内縁の妻だった御米を安井から奪って、彼女と結ばれました。

 そこまでして結ばれた妻を「結ばれるべくして結ばれた運命の女性(ひと)」と思う男性もいると思うのです。
 ところが、上の一節での宗助は、「御米と出会わなければよかった」と悔いているのです。

 宗助のこのような思いは、安井が宗助の隣人を訪ねてくると知った時に、噴出します。
 宗助は、御米に何の相談もなしに、一人で鎌倉の禅寺に座禅を組みに行ってしまうのです。それまで一度も参禅したことはなかったのに、です。

 彼が自らを御米から切り離したがるのは、御米が彼に不当な圧力や圧迫を加えているからではありません。宗助が《個別存在としての自分》にあまりにも拘泥しているからです。

 御米が「その内にまたきっと好(い)い事があってよ」と言って宗助を慰めようとすると、彼は、こんな反応を示します。

宗助には、それが、真心ある妻(さい)の口を借りて、自分を翻弄する運命の毒舌の如くに感ぜられた。・・・〈中略〉・・・御米がそれでも気が付かずに、なにかいい続けると、「我々は、そんな好(よ)い事を期待する権利のな人間じゃないじゃないか」と思い切って投げ出してしまう。細君は要約気が附いて口を噤(つぐ)んでしまう。

夏目漱石『門』(ワイド版岩波文庫 2007年)P38

 罪悪感は自分を劣った存在とみる感情と思われがちですが、その背後に「思い上がり」が隠れていることがあります。

 男性がつまずく三大原因は「お金とお酒と女性だ」と言われ、それは、相当程度に真実に近いのに、宗助は「俺は、女性で人生を誤るようなそこらの男とは違う」と思いたいのです。「それなのに、なんで……」と思ってしまうから、宗助は御米を愛しきれず、御米を突き放してしまうのです。

 宗助の御米に対する距離感は、安井が宗助の隣人を尋ねてくることを知ったときに、噴出します。
 なんと、彼は、御米に何の相談もなしに、鎌倉の禅寺に泊りがけで座禅を組みに行ってしまうのです。それまで、参禅したことなど、なかったのに。

 とんでもない男です。……と、現在の私は、宗助に対して批判的ですが、な《悩みと不安の時代》の私は、「そうか、宗助みたいなわがままな生き方だってあるよな」と、大いに力づけられたものです。

 そのくらい、私という⦅場⦆で⦅個別存在としての私》と《家庭人としての私》の力のバランスが崩れていたのだと思います。そして、その背景には、やはり、自分自身に対する過大評価があった。「良き夫」・「良き父」・「良き息子」を矛盾なく、しかも高い水準で達成できると、私は不遜にも思い込んでいたのです。

  ところで、宗助の場合、《社会人(職業人)としての自分》から遁走する傾向は、それほど明確に現れてはいません。
 ただ、彼が仕事に何のやりがいも感じず、生活のために仕方なく続けているだけだということは、ハッキリ描かれています。

 一方、次に取り上げる小説の主人公は、《職業人としての自分》と⦅家庭人としての自分》を、意識的に、意志をもって、切り捨ててしまいます。
 

3.石原慎太郎『生還』

 主人公の「私」は、父親が興した企業(その規模はハッキリ書かれていませんが、中小企業と思われる)の社長で、社長としては、なかなかの遣り手です。
 そんな「私」が、ある日、末期がんの宣告を受けます。余命は半年から長くて1年。
 そして、彼は、がんの標準療法ではなく、知人の獣医が開発した独自の治療法に賭ける決断をするのです。

 この治療法が実在するのか、実在したとして本当に効果があるのかということは、この小説の眼目ではありません。重要なのは、「私」が知人から次のように指示されることです。

「私のいうことで、一番むつかしいのは多分このことだ。決心した限り死んだつもりになりきること。どこでもいい、出来るだけ家族から離れた人気のないところで、一人きりになって暮す。二年、三年、四年かかるかも知れないが、一人きりで、他の人間に会わずに通す。勿論、仕事もあきらめる。一切人にまかせて、自分一人で引きこもるのだ。それが出来るかね。いうは易(やす)いが、いざとなるとむつかしいよ。しかし、死んだ気になれば出来るだろう」(太字化は楠瀬による)

石原慎太郎『生還』(新潮文庫1991年 P33~34)

 著者の意図は、主人公に《社会人としての自分》と⦅家庭人としての自分》を捨てさせ、⦅個別存在としての自分》に徹底的に向き合わせることにあるのです。

 主人公は、この知人の指示に従います。しかし、仕事への思いは意外にあっさり断ち切ることが出来ても、家族への思いは、簡単には断ち切れない。彼は、家族を恋しく思う気持ちと孤独にさいなまれます。

 しかし、時間の経過とともに、彼の心境は変化していきます。

・・・ともかく逃れたいと努める内に、結局私は家族を含めて他のすべての執着を捨てていたのです。捨てぬ訳にはいかぬところまで追いこまれ、自分の生命に関する一縷(いちる)の希(のぞ)みだけを中心に堂々巡りしながら生きつないでいたということでしょう。

石原慎太郎『生還』(新潮文庫1991年 P74)

 ここから先は、ネタバレになります。そのことに関して、付言しておきます。

 石原慎太郎という人は、毀誉褒貶のある人でした。私は、この人の公人としての姿勢、政治的信条、メディアに登場するときの雰囲気のどれをとっても、最後まで好きになれませんでした。むしろ積極的に「嫌い」でした。 
 
 しかし、この小説は素晴らしい作品だと私は思っています。私はこの作品から大きな力を得ましたし、《個別存在としての自分》と《社会人(職業人)としての自分》・⦅家庭人としての自分》のせめぎ合いで少しも悩んでいる人には、一読の価値がある作品だと確信しています。

 「私」は、三年半かけて、がんを克服します。しかし、それは、彼にとっても彼の家族にとっても、長い時間でした。この間に、彼の妻は、彼の親友と愛し合うようになっています。子どもたちの心は、彼から完全に離れていました。

・・・死すべき人間が、病院での治療を含めてそのために仕組まれたいろいろな約束やしきたりをすべて退け、一縷(いちる)の希(のぞ)みを賭け、生きながらにして家庭を捨てたのですから。しかし私もそのために三年半という孤独の代償を払いましたが。
 田沼(楠瀬注:「私」に特異な療法を勧めた獣医)は闘いといいましたが、確かにシーボニア(楠瀬注:「私」が隠遁所に選んだリゾート・マンション)での三年半の生活は、私にとっては痛烈な行為でした。自らの死を、たった一人で防ぐということ以上に、人間にとって本質的な行為などありはしない筈です(太字部は楠瀬による)

石原慎太郎『生還』(新潮文庫1991年 P163)

これは、《個別存在としての自分》に徹しきった人間の言葉です。当時、《個別存在としての自分》が委縮しきっていた私にとって、この言葉は、励ましを超えて、福音でした。

 しかし、この小説のラストで、「私」は、自分がしたことが、人としては、つまり、⦅個別存在としての自分》・《社会人(職業人)としての自分》・⦅社会人(職業人)としての自分》が拮抗し合う⦅私という場》にとって異常なこと、もしかしたら許されないことであったと、気づきます

 誰もそれをそしりも咎めもしませんでしたが、しかし私はやはり何かに罰せられていたのでしょう。それが理に合わぬというには、私の生命は余りに私一人のものでした。私のかっての生も、その中で味わった私の死も、所詮(しょせん)、利己心に拠(よ)ったものでしかありませんでした。(太字化は楠瀬による)

石原慎太郎『生還』(新潮文庫1991年 P175)

ここには、自らの身勝手さに気づき、それと向き合うことができる、宗助よりもずっと円熟した、大人な人間がいます。

 小説は、「私」が息子と和解する場面をもって幕を閉じます。

 そして今ようやく、何かに代って、息子がそんな私を許してくれたのを私は覚(さと)っていました。
 それを確かめるように、私は手をのべ息子の手をとりました。体の内でようやく放たれたものがさらに氾(あふ)れてこみ上げ、気づいた時眼蓋(まぶた)の内に涙が感じられました。
 この瞬間にすがるように、私は手にしたものを握りしめ、息子もまたそんな私を促すように頷き、結ばれた手を握り返しました。

石原慎太郎『生還』(新潮文庫1991年 P176)

4.最後に

 今回、この二冊を振り返って、石原慎太郎の『生還』が素晴しい作品だということを再認識しました。
 
 この振り返り以前は、作家としての格からいって(漱石はお札になりましたが、石原慎太郎がお札になることはないでしょう)、また、私の好き嫌いからいって、漱石の『門』が、『生還』よりも圧倒的に優れた作品だと思っていました。
 
 しかし、決して、そんなことはないですね。《個別存在としての自分》と《社会人(職業人)としての自分》・⦅家庭人としての自分》という3者のせめぎ合いについて、石原のほうが、はるかに自覚的だと思います。

 石原は、そこをしっかり見据えたうえで、主人公から《個別存在としての自分》を切り出すための効果的な設定を用意しています。
 唐突に参禅するより、独りひきこもって闘病する設定の方が、ずっと自然で納得感があると思います。

 最後は《家庭人としての自分》を取り戻していくところまでちゃんと書きこんでいるところも、小説のスタート地点と同じところに戻ってきて終わるような印象がある『門』よりも、希望があると思います。

 もう一つ、気がついたことがあります。それは、私の場合は《職業人としての自分》から受ける圧力がものすごく大きかったのに対して、『門』の宗助と『生還』の「私」にとって重いのは《家庭人としての私⦆の方で、⦅社会人(職業人)としての自分》からの圧力は、無視できるほどに小さく感じられることです。
 それだけ、私の場合、初めに入社した企業で上級管理職にならなければならないという刷り込みが強かったのだと思います。

 このような新しい発見があることも、自分の読書遍歴を振り返ることの意義だということに気づかせてくれたのが、今回の投稿でした。

 前・後編にわたってここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

『私の読書遍歴(8)/悩みと不安の中で(後編)』 〈おわり〉



この記事が参加している募集

#読書感想文

188,091件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?