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#18『聖なる河の畔』

インド旅行では大学時代の友人に加えて、現地で出会ったバックパッカーの青年と共に旅をしていた。

海外旅行に不慣れな僕と友人にとって、世界中を飛び回る青年と出会えたことはとても心強かった。

ニューデリーにしか宿をとっていなかった僕らは漠然と他の街に行く想定はしていたけれど、彼と出会う前はその方法を知らずにいた。

今でこそ海外旅行を何度も経験した身ではあるが、やはり初めて行く国での移動手段の確保、つまり列車のチケットを現地で購入するのは、少し厄介である。
実際に後のフランス旅行においても、モンサンミッシェル行きの列車のチケットを買ったつもりが、何か重大なミスがあったらしく、車内で車掌さんと散々もめた挙句、プラス1万円くらいの料金を請求された痛い思い出がある。

ただ、初海外旅行のインドに関しては、運良く旅慣れした青年と出会えたため、現地での移動手段に苦戦することはなかった。
そういう意味では彼から受けた様々な恩恵に感謝している。

しかし、彼はなかなかの曲者であった。
日常会話程度の英語を喋れる彼がいることで公共的な施設内での意思疎通はかなり助かっていた。
しかし、僕らがいるのはインド、英語が喋れたからどうにかなるという次元の国ではないことは誰だって想像がつくだろう。

世界三代ウザイ国のひとつであるインドは、とにかく現地の人との距離感に悩まされる。
通りを歩けば数秒ごとに話しかけられ、やれ俺はインフォメーションだの、日本大好きだの、旅行者をたぶらかそうとする罠が常に降りかかってくる。
もちろん海外旅行をしたことがある人なら、どこの国でもそういう経験があると思うが、インドにおけるしつこさと胡散臭さは飛び抜けている。

よく、インドに行くと好き嫌いかがはっきり分かれるという話は耳にすると思うが、まさにその通りで、人の喧騒やトラブルを楽しいと思えるか、鬱陶しいと思うかはその人次第だ。
僕自身は前者で楽しくてたまらなかったのだが、バックパッカーの青年は後者、旅慣れしているにも関わらずインドが好きにはなれなかったそうだ。

故に、どこに行っても人に絡まれ、いちいち関与してくる環境にその青年はイライラし始め、旅の途中くらいでかなり神経質な状態になっていた。
それがもし、ナイーブな状態なら良かったんだけど、彼は神経が逆だって現地の人に怒りをぶつけたりしていたので、見てるこっちも落ち着かなかった。
ガンジス川があるバラナシという街に着いた時には、相変わらず喧しく絡んでくる現地の人に中指を立てて暴言を吐いたり、攻撃的な状態になっていた。

共に時間を過ごす中で、そういう些細な人間性が鼻について、僕は僕自身の旅を楽しもうとしているのに、余計な思考が働いて少しだけやり切れない気持ちになっていた。

しかし、バラナシでガンジス川を目の前にした瞬間に全員がそういう余計な感情を一切忘れてしまった。
神聖な河という修飾語があるから圧倒されたのではなく、あの独特な雰囲気、目の前に広がる巨大な河と建ち並ぶ街の曲線、そこで生活する人の影を目にすれば、きっと誰しもが圧倒されずにはいられない。

僕らは河の麓の石段に腰かけて、少なくとも2時間くらいは無言で黄昏ていたと思う。
すぐ隣では死者を火葬しいて、今この瞬間に遺体を河に流している。
それが僕らにとって何か意味を成している訳では無いけれど、張り詰めた雰囲気が僕らを包んで、ただ無心で河を眺めさせ続けたのだ。

神聖な地域というだけあって、今まで旅をしてきたニューデリーやジャイプールやアーグラと違い、景観が保たれている。
河の麓から離れて飲食店が立ち並ぶ通りに出ても、まるで今が2010年代だということを忘れるくらい非先進的な造りの街が広がっている。
地面は砂、建物はとたん屋根と簡易な造り、多くの蝿が集る中薄汚れた銀色のプレートに盛られたカレーを食べたる。
もはやそれに不快感を抱くことが無くなっていたのだから、人間の適用能力は凄い。

そして僕とバックパッカーの青年は当初から約束をしていた。
バラナシに着いたら絶対にガンジス川に入ろうという約束だ。
僕自身は特に精神世界に共鳴しようとか、スピリチュアルな思想を持っている訳ではなく、ただ単にせっかくインドに来たんだから怖いもの見たさで沐浴を経験してみたかったのだ。
その点に関しては彼とも意見が賛同し、絶対に沐浴するぞと強く意気込んでいた。

そして遂にバラナシについて2日目の朝、荷物は全て宿に預け、身軽な状態でガンジス川の目の前にやって来た。

バックパッカーの青年は変に興奮しており、言葉数が増えて、沐浴に対する意思が高まっている状態だった。
目の前に広がるガンジス川の麓に向かう途中、俺は日本男児だ!大和魂を見せつけてやる!神風特攻隊の精神でガンジス川に飛び込んでやる!ともはや意味のわからないことを彼は叫び続けていた。

ところがガンジス川を目の前にした瞬間に、彼は急に怖気付いた。
確かに巨大な河の偉そうな態度を目の前にすれば恐怖を感じざるを得ない。
激しく流れるわけではなく、妙に緩やかに波打つ姿が逆に堂々とした威厳を醸し出しており、かなり不気味であった。
すぐ隣では死者の遺体が流されているし、生活排水やゴミも全てこの河に流されている、単純に考えれば日本という清潔すぎる国で生まれ育った僕らにとって沐浴はほとんど自殺行為でしかない。

ただ、先程までの威勢を失いおもむろに怖気付く彼があまりにも滑稽だったのだ。
急に地面にあぐらをかいて座り込み、これはやべーぞ、こいつは想像以上だ、とぶつぶつ独り言を呟いて狼狽している。
関西人の悪い癖で、最初は、河に入った時のリアクションを際立たせるためのふりだと思っていたんだけど、あまりにも長い間座り込んだままなので、僕は腹が立ってきた。

え、日の丸魂はどうしてんですか、神風特攻隊みたいに飛び込むんじゃないんですか、と彼の先程の意気込みを思い出すと可笑しくて仕方なかった。

それでも一向に沐浴する気配がないので、僕はひょいっと河の中に入った。
とても生ぬるくて、身体中にまとわりつく嫌な感触、澄んだ河に足をつけた時のさらりとすり抜ける水とは正反対、まるで大きな塊に捕まえられたような、身動きのとれないどろどろとした圧迫感。
そして陸に上がると身体中がピリピリとした刺激に襲われて、いかにこの河が恐ろしい存在かということを思い知らされた。

しかし僕はそんなことよりも彼のことが気になって仕方ない。
大和魂?神風特攻隊?何言ってんだこいつ、そしてあぐらをかいて座り込む彼の狼狽、なんだこいつ?

結局しぶしぶ河に入ったけど、あまりにもふりが長すぎて、もはやなんで沐浴してんのこいつ、と僕自身もよく分からないニヒルな表情でそれを見つめていた。

予想通り大袈裟なリアクションでわんわん喚いて、陸に上がった後もあーだこーだ話していたけど、そんな彼のテンションを受け入れるにはあまりにも遅すぎた。
ほとんど冷めきった気持ちでそれらしく共感することしかできなかった。

とはいえ無事沐浴を達成したので、近くでご飯を食べてから宿に戻った。
ただ食事中も宿に戻ってからも、僕の頭の中には、大和魂、神風特攻隊と意気込んでいたくせにあの狼狽の時間はなんだったんだろう、とその事ばかりがぐるぐる駆け巡っていた。

しばらくして青年は、アーユルヴェーダを体験してくると言った。
え?大和魂、神風特攻隊と意気込んでた直後にあんなに狼狽していたくせにアーユルヴェーダするの?

全く関係ないのに、僕の悪い癖で心の中でそういうことを考えてしまう。

その後数日間バラナシで彼と過ごしたんだけど、その間に何度もそういう冷やかしが頭に過ってしまった。

午後の日差しの中、有名な喫茶店でラッシーを飲んで、その代金を青年は奢ってくれた。
非常にありがたいことではあるが、その時も、大和魂、神風特攻隊と叫んでいた次の瞬間に狼狽してたくせに、カッコつけて奢ってくれるだ、とよくないことを思ってしまった。

そして別れの瞬間、僕らはニューデリーに帰り、青年は南の方へ下っていくので、最後に3人で記念写真を撮った。
しかし、僕と友人は満面の笑みだったが、青年は疲れきった顔をしていた。
その時も、大和魂、神風特攻隊と叫んでいた次の瞬間に狼狽しまくってた奴が疲れた顔なんかしてくれるなよ、と心の中で思ってしまった。

そんなこんなで僕と友人の旅は終わりを迎えた。
(バラナシからの帰り道にとんでもないトラブルに巻き込まれた話はまた別の機会に。)

僕らが日本に帰ってからも、青年の南へ下る旅は続いており、ちょくちょく進捗状況を連絡してくれていた。
正直、大和魂、神風特攻隊と叫んでいた次の瞬間に狼狽しまくってた奴の近況には興味がなく、連絡を返すのを面倒に思っていた。

そして彼が日本に帰る瞬間、飛行機の中でサッポロビール黒ラベルの写真を撮って、久しぶりの日本のビールは最高だわ!と連絡が来た。

いや、大和魂、神風特攻隊と叫んでいた次の瞬間に狼狽しまくってた奴がサッポロビールなんか飲むなよ。

それからしばらく、彼の存在は忘れていたんだけど、何気なくラインの友達欄を見ていると彼のアカウントに目が入った。
プロフィールのひと言には、「お気に入りの曲と相棒がいればそれでいい」と書いてあった。

大和魂、神風特攻隊と叫んでいた次の瞬間に狼狽しまくってた奴がかっこつけんなよ。

しつこいくらいに僕はまたそう思ってしまった。

別に彼のことは嫌いではない。

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