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文芸誌の旅

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2020年7月の記事一覧

第163回 芥川龍之介賞発表を受けて

第163回 芥川龍之介賞発表を受けて

昨日第163回芥川龍之介賞が発表されました。

まだ選考委員の選評や受賞者のコメントを
あえて読んでいないのですが、
今回は受賞作が決まったことを受けての所感を書かせてください。
(文藝春秋誌上などで選評を読んでから、またあらためて考察したいと思っています)

ノミネート5作品をは、どれもが素晴らしいと思いました。
どの作品も本当に個性があって素敵だと思いました。
すべて作品の主人公に、思い入れが

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森岡篤史『炎天街』「文學界」2020年6月号

森岡篤史『炎天街』「文學界」2020年6月号

2020年上半期同人雑誌優秀作

 罪について考えるときに、いろいろなアプローチがあると思うが、次のような考え方もひとつある思う。
 生まれながらの悪人はいないだろう。生まれたばかりの赤ちゃんを見たときに、たとえその子の親が極悪人であったとしても、その子が必ず悪人になるだろうとは考えられないだろう。しかしそうした赤ちゃんたちが成長する過程で、悪人になっていき、その行為を判断するときに重要なものさし

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石原燃『赤い砂を蹴る』「文學界」2020年6月号【追記あり】

石原燃『赤い砂を蹴る』「文學界」2020年6月号【追記あり】

 この作品は時系列が錯綜しているが、この錯綜が千夏の心理状態そのものを示しているのでこれは必要な構成なのだろう。
 千夏と母の友人芽衣子がブラジルを訪ねるところが主系列だが、かなり多くの頻度で弟の大輝と母恭子の臨終のところを中心に過去に立ち戻る。これらを繰り返しながら、千夏と芽衣子の過去に対する態度の違いが次第に鮮明になりつつ最後を迎える。
 父親の不在が共通項でありながら、それに基づく過去の災難

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遠野遥『破局』「文藝」2020年夏号

遠野遥『破局』「文藝」2020年夏号

 正直主人公、陽介の性欲に関する記述が多くて、最初はどうも違和感が先行してしまって、だいぶ戸惑ってしまった。
 さてこの小説を通読すれば、主人公の自信過剰なところが崩れ去っていく作品なのはすぐに気づくけれども、最後の方の唐突な感じがする、灯の告白からの急展開も、読み返してみれば十分最初から練り上げられているつ痛感した。
 陽介がなんとなく下に見ていた友人の膝との対比でを通じて明らかになるのは、陽介

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三木三奈『アキちゃん』「文學界」2020年5月号

三木三奈『アキちゃん』「文學界」2020年5月号

まず読み始めてから、いったい主人公「ミッカー」は何歳の時点からこの物語を振り返っているのだろうかと、ずっと頭から離れなかった。
(それは最後、本当に一番最後に明らかになる)
とうのもこの「突き指もしたことがない」主人公の救いようのない自己中心的な共感性のなさのようなものを、いつの時点で振り返り反省するのだろうかと思って読みすすめていたからだ。

ところが途中でアキちゃんの名前と秘密がはっきりして、

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岡本学 「アウア・エイジ(Our Age)」群像2020年2月号

岡本学 「アウア・エイジ(Our Age)」群像2020年2月号

昔バイトしてた、飯田橋にある名画座での
もうすっかり終わってしまった苦い思い出が
記憶の中に風化しそうになっていた思い出が
多くが謎のまま取り残されていた。

しかしふとした偶然の重なりがあって、
しかもそこには曖昧にしてはならない
何かがあるはずだという
直感にしたがって走り出す。

まるで本格的なミステリー小説ように
断片を集めてながらの謎解きがはじまって
もう読むことが止まらなくなる。

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高山羽根子『首里の馬』「新潮」2020年3月号

高山羽根子『首里の馬』「新潮」2020年3月号

 この小説は果たして主人公の未名子について、徹底的にエゴイストであることを描いくことが目的なのだろうかと一読して思ってしまった。
 美名子は自分は誰にも迷惑をかけずに好きなことをしているだけなのに、そのことを悪く言う人がいるのは許せないという思いがある。しかし未名子も他人の振る舞いに対して、いちいち腹をたてていることがあったりする。だから自分のことを悪く言う人は許さないが、自分は人のことを批判して

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