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2022年5月に読んだ本

最近遊び惚けており、6月前半はそもそも家を空けていて、そんなこんなで信じられないくらい遅くなってしまった。反省している。5月分。

1 井戸川射子『ここはとても速い川』★★★★☆

中原中也賞を受賞している詩集『する、されるユートピア』がとてもよかったので、三鷹・水中書店で購入。
以前永井みみ『ミシンと金魚』を読んだときも思ったけど、狭い世界を限られた視野と言葉で描く小説には独特の凄みがある。ただこの作品は主人公が老婆ではなく少年なこともあり、非常にのびやかだ。小説を書いている本人はもっと色々なことを知っているにも拘らず、色々なことを知らない人として、知らない人になって書いていることがまず凄い。大抵人は自分の持っているものすべてをひけらかしたいと思うと思うのだよ。もちろん「自分の持っているものすべてを使うこと」と「知識や経験をそのまま小説に反映させること」は同義ではないだろうけども、それをしないでいられるのが凄いと思ってしまう。小学生くらいの時分にはよくあった、あれは結局どういうことだったのだろうか、わからないまま何となく忘却してしまったそんなあれこれが、大人の論理に回収されることなく、あのとき感じたあのまんまで描かれているのがよい。気づきや発見といった日常の何気ない喜びを読者にも体験させてくれるよい小説だった。
併せて収録されている「膨張」の方は、物語の最後が伊藤朱里『名前も呼べない』と同じ。同性の元交際相手に今まで言えなかった本音を暴発させる。まあ小説ではよく見る展開なんだけど、この展開、私ほんと好きなんだよね。いくら惨めでも本当のことを突きつけるってなんて気持ちがいいんだろう。あと同作ではアドレスホッパーの生き方が描かれているのだけど、結局生きづらさを生き方で解決することはできないんだよ、と私は思いましたね。きっとそういうことじゃあないんだよ。

2 意志強ナツ子『るなしい2』★★☆☆☆

早い。もう2巻出てた。青山ブックセンター(ABC)で購入。
正直まだ何とも言えないけど、今のところ『アマゾネス・キス』の方が面白い。付録で付いてたシールは最高だった。

3 吉岡乾『現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。』★★★☆☆

ずっと読みたいと思って古本でも探していたのだけどなかなかタイミングが合わず買えなくて、ようやっとABCで購入。
パキスタン・インドの山奥のマイナー言語を研究している言語学者のエッセイ。旅行記的な読み方もできて面白い。出てくる現地の人たちにあたふたさせられている筆者の様子がウケる。

4 岡本啓『絶景ノート』★★★☆☆

岡本啓の第2詩集。新宿・紀伊國屋で購入。
第1、第3を先に読んでいたので過渡期の詩集だと思った。第1の要素と第3の要素が混在している。まずぱっと見、第1では揃っていた文字列の並びがばらつき始めている。でも第3ほどではない。あとこの頃から装丁に対してもかなり意識的。装丁が詩の言葉にも影響を与えている。因みにこの詩集はコデックス装って言うんですか? 押さえてなくても開いたままの状態を保てる装丁。

前ボタンのほうが背に回ってる
 後部座席の娘
   自由で、なんて野蛮な着方
     彼女がそっけなく振り向く
       木霊が南北に走りぬける
                転倒する
         めくれあがる赤い嫉妬

          一目惚れって
           いつだって、からだも邪魔なほど、新品で
            薄汚れたエコー



         ぼくら、そう、みんな獣だったんだ

5 吉岡乾『フィールド言語学者、巣ごもる。』★★☆☆☆

たしか西荻の今野書店で買ったんだったと思う。
『現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。』の方が面白い。でも川添愛『言語学バーリ・トゥード』よりはずっとちゃんと言語学の話をしてくれてて読み応えあり。私はハリーポッターに出てくる「例のあの人」を各言語では何て訳しているかについての章が好きだった。

6 砂川文次『ブラックボックス』★★★★★

気になってはいたけど正直そこまでの期待値だったので荻窪のブックオフで購入。しかしこれがよかった。
終始不穏。主人公がいつ「やらかし」ちまうのかハラハラしながら読み進めていくと半分弱くらいのところで * が出てきて、すでに「やらかし」た後だったので爆笑。面白い。つまり二部構成で、前半部はその「やらかし」へのフラストレーションを最大限にまで高め、後半部はもう完全にその「やらかし」の事後、何を「やらかし」たのかなどは時系列にではなく五月雨式に徐々に明かされていく。この形式がよいなと思った。
この小説の主人公みたいな人はおそらくたくさんいるのだろうけど、このタイプの人たちは小説を読まないだろうし、翻って同時に小説に出てくることも今まで極端になかっただろうから私は新鮮だったし、こういう作品が生み出され、賞を取って有名になったことは何かよかったんじゃないかーと思った。

7 上田啓太『人は2000連休を与えられるとどうなるのか?』★★☆☆☆

「セブンイレブンを想いながらファミリーマートに抱かれる」でバズり有名になった、私はそのブログで知りかれこれ7年くらい追ってきたブロガー・上田啓太の初単著。これがなんと「哲学」のコーナーに並べられていて見つけるのに非常に苦労した。何で哲学なんだよ。どう考えても「エッセイ」か「サブカルチャー」だろ。しっかりしてくれ、紀伊國屋!
まあたしかに読んでみると哲学っちゃ哲学。いやしかしそれでも哲学ではない。途中上田啓太が病みすぎててかなり不安になる。ああおそらくあの記事を書いてた頃あたりのことだろうなとか思いながら読んだ。あと驚いたのは今までブログで全く明かされてこなかった京大の工学部卒だとか一時期お笑い芸人を目指してたとかそういう情報の数々。えーそうなんだー!って思った。ブログのファンは買えばいいと思う。けどそれ以外の人に勧めるかというと微妙かな。ブログの方が面白い。

記憶の書き出しをすると感情は乱反射する。極端な躁状態と鬱状態が短期間に繰り返され、全肯定と全否定が脈絡なく入れ替わり、人間に対する深い愛情と強烈な憎悪が噴出する。この作業は安定した心の状態を崩壊させるため、すさまじく危険なのだと理解した。

これはまだ600日くらいじゃないかな。

8 濵野ちひろ『聖なるズー』★★★★★

友人に勧められたので新宿・紀伊國屋で購入。
まず本人が10年にわたって受けていた性被害の話が凄まじい。そしてそこからなぜズー、動物性愛の研究をするようになったかがプロローグでとても誠実に書かれている。この本は全編通じて筆者がとても誠実。だからこそなかなかセンセーショナルな内容ではあるがほとんど抵抗感なく読み進めることができたのだろう。
ズーの人たちの多くは「動物が誘ってくる」と言う。セックスはそのように動物が誘ってきたときのみ行い、人間の側から誘うことはないという人も多い。しかしこのように言えるのはパッシブパート、つまり人間の方がペニスを挿入される側の場合にしか言えない。たしかに動物を永遠なる子供として扱い、自分たちは食欲と睡眠欲と並べ三大欲求の一つと謳っている「性欲」を動物にはないものとして扱うこと自体には欺瞞があるだろう。それに対してズーたちが動物にも性欲がある、だからそれを満たしてやりたいと考えることも理解できる。理解できるのだが、ここまででも数多の問題を孕んでいる。

彼らはセクシュアルな快感よりも、動物との関係性に惹かれるから、動物とのセックスが好きだという。彼らはペニスを挿入されたり、繊細ではない舌で舐められたり、毛むくじゃらのヴァギナで口のなかがもぞもぞしたりすることを喜んでいるのではなく、相手を丸ごと受け入れることができる自分と、パートナーの性的満足に充足感を見出している。パッシブ・パートの人々がセックスにおいて得る最大の喜びは、支配者側の立場から降りる喜びだ。そのときにこそ、彼らが追究するパートナーとの「対等性」が瞬間的に叶えられる。
しかし皮肉なことに、パッシブ・パートが、性も含めてパートナーの存在を丸ごと受け入れる素晴らしさを満面の笑みで語ることができるのも、性的ケアの側面を強調できるのも、彼らが自分のペニスの挿入を避けて、暴力性を回避しているからだ。彼らはペニスの暴力性から解放されることで、まるで自分自身もまったく暴力的ではないかのように語ることができる。

この引用のあとは、「だが、性暴力の本質がペニスそのものにあるわけがない。」と続いていく。動物性愛という事象は、セックスにおける対等性とは、暴力とは、合意とは、という人間同士の性愛においても問題になるさまざまな点をより浮き彫りにする。そして最終章に書かれているこの文は凄い。

言いわけをしないでいいセックスなど、夫婦間のセックスか、愛し合う恋人同士のセックスくらいしかない。数え切れないほかのセックスは、いつだって言いわけを必要とする。そして愛は、さまざまなセックスのうしろめたさを力強く覆い隠す。

性というのは根本的にどこか後ろめたいものである。だとすれば、正式な関係の正常な男と正常な女が正常に交わるセックス以外のセックスこそがセックスである、少なくとも「より」セックスなのだろうと思った。

9 乗代雄介『パパイヤ・ママイヤ』★★★★★

やった!乗代雄介の新刊だ!新宿・紀伊國屋で購入。
SNSでお互い「親が嫌い」であるという共通点を介して知り合い、かつ家が近かったために直接会うようになった17歳の女子高生二人が加速度的に仲良くなっていく、一夏のガールミーツガール小説。しかし「パパがイヤ」と「ママがイヤ」でパパイヤ・ママイヤってのはいいネーミングすぎる。
仲良くなるということはひとつ、互いの違いを見つけていくことだと言えるのではないかと私は思う。解像度の低い状態では同じだった「親が嫌い」という共通点もよく見れば全然違う、そんな違いを見つけていくこと、どうしたって分からない、その違いが上手くパズルのピースのように嵌るとき、それは奇跡になる。最後椎名林檎の曲を使ったりしていてズルいんだよなぁ。そんなのグッときちゃうでしょっていう。
本作は目新しい技巧などはないのだけど、この人はどんどん会話を書くのが上手くなっている。重さを隠す口語的な軽さがとてもよく描かれていた。
私は下に引用する一文で泣きそうになってしまったよ。いいこと言うんだよなぁ。ぞっとするくらい長い時間を一人で過ごしてきた人間にしか書けないし、書いてほしくない、つまり乗代雄介にしか書いてほしくない台詞だ。一人でいたことによって人と繋がれる奇跡よ。

「長いこと一人だったからさ、一人でいる間にできるようになったことが役に立つのってなんかうれしいし、落ち着くんだ」

10 宇佐見りん『くるまの娘』★★★★☆

前作『推し、燃ゆ』で芥川賞を受賞した宇佐見りんの受賞後第一作。西荻・今野書店で購入。
今をときめく作家になったというのに過去の2作と比べてもまた一段と暗い。はっきり言ってこれは共依存だろという家族の話。すでに限界なのに限界だからこそ、そこから自分だけ抜け出すわけには行かないと留まり続け、さらなる限界へとにじり寄っていく。救いがねえ。

11 星野源『そして生活はつづく』★★★☆☆

久しぶりに星野源の初期のアルバムを聴きなおし読みたくなったので荻窪のブックオフで購入。すごく昔に図書館で借りて読んだことがある。
「つまらない毎日の生活をおもしろがること」がテーマのこのエッセイ。私はなぜか「どんな生活してんのか想像つかない」とか「生活力があるのかないのかわからない」とかよく言われるのだけど、そんな私だって生活はしているわけで、一生、仮にどんなに成功したとしても生活は続けていかなくちゃいけないわけだ。だとしたらそれを面白がっちゃった方が早いというのは激しく同意する。実際生活っていうのは面白がろうと思えばかなり面白がれる。私は一人暮らしをするようになってから俄然生活が楽しくなった。自分の好きなようにできるし、基本誰にも文句言われたりしないから、何かごそごそとあれこれ試してみたりしている。その話もまたいつか。

今月は本当に遅れすぎた。来月はもっと早く書く。

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