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今夜 何、食べたい?

ちょっと言い方を変えるだけで、少し言葉の向きを変えるだけで、大きく変わることがあります。

ラジオをつけていたら、認知症のお母さんがいる娘さんの投稿が聴こえてきました。

「さっき食べたものも思い出せない。」と暗く落ち込んでいる お母さんに、
「食べたもののことは もういいよ。そんなことより、今夜、何食べたい?」と娘さんが言うと、
お母さんの顔が驚く程パーッと明るく輝いて「本当にその通りよね、夕飯、何にしよう!」と嬉しそうな表情になりました。
言葉の力を思い知らされた一瞬でした、と。

「昨日、何、食べた?」って聞かないで。
「今夜、何、食べたい?」って聞いて。
丹野智文さんの日めくりカレンダーに書いてあった この言葉を娘さんは思い出して お母さんに言ってみたのだそうです。
丹野さんは認知症の当事者として、情報を発信しています。

私の母も認知症なので、これはとてもよく分かります。
認知症は、本人が一番よく「覚えられない」ということが分かっています。
そういう病気ですから、テストするように追いつめても全く意味がなく、かえってよくないのです。
認知症になっても、ちゃんと感情はあるので、「嫌な気持ち」だけが、ずーっとずーっと残ります。

認知症でなくても、意味なく試すような、追いつめるような言葉を投げられると、いやーな気分になります。
その「嫌な気持ち」は、同じようにずーっと残ります。
嫌な気持ちになった要因を忘れても、どんよりと嫌な感情が 結構しつこく残ったりします。

逆に嬉しいこと、楽しいこと等、いいことがあると、その「嬉しい気持ち」がずーっと続きます。
もちろん認知症の人も、嬉しいことがあると その嬉しい気持ちが続きます。

私も、あれ? なんか私、心が軽くて嬉しい気がするけど、何かあったっけ?
あ、そうだそうだ、さっきあのいいことがあったからだ、と。
大したことでなくても、気分がいい状態というのは 心穏やかに過ごせます。
誰もが同じでしょうけれど、こういう心の状態を出来るだけ多く、長く保ちたいと思います。

思えば、何を食べたかなんて、どうでもいいこと。
認知症の場合は、何を食べたかを忘れるではなく、食べたこと自体を覚えていないという状態になっていきますが、
それでも、その時に美味しく楽しく食べることが大切。
認知症であっても、そうでなくても、私達は皆、過去ではなく、今 この瞬間に生きているのだから。

そういえば「今のこの瞬間を生きている」ということを
私は認知症になった母から教わったように思います。
過去でも未来でもなく、今。

こざるカフェは、今日も ゆっくりゆっくり
のんびり 穏やかに時間が流れていきます。

読んで下さって、どうもありがとうございます。
また何だか寒くなって、昨日 月曜日は、三月頃の気候だったとかで、私はフリースを羽織っていました。
皆さまもどうぞご自愛ください。
よい毎日でありますように (^_^)

5月16日に こちらの嬉しい知らせが届きました。
読んで下さった皆さま、スキをつけて下さった皆さま、どうもありがとうございます。

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