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《デジカメUX小説》MODE II(前編) 赤ちゃんからの贈り物

この小説には、前のストーリーがありますのでそちらからお読みください。
MODE(前編) ビー玉レンズ
MODE(後編) 私の光跡


大学を出て小さな出版社にどうにか就職した美智瑠は25歳になった。個人出版の写真集を手掛ける編集者としてようやく仕事が回せるようになってきたと自分では思っている。

実は結婚もして子供も授かった。だからこうして7年ぶりにMODEの物語の続きを書こうという気になったのだ。

美容室のお姉さんと一緒に行った『MODE職人』の会で知り合った。いや正確にはそこで知り合た人の友達の弟と付き合うことになった。このあたりはMODEとは直接関係ないが、まったく無いとも言い切れないので一応書いておく。


撮影という行為を残す意味

社会人になっても美智瑠は「まだMODEをやっているのか」と思われる方もいらっしゃると思うので少し説明をしておきたい。

「今日はどのMODEから派生させようかな」
美智瑠は大切な撮影の時には決まって悩むことになる。その撮影がどんな流れの中に存在しているのかを考えることになる。

本格的に写真を撮り始めたときからMODEを使ってるため「派生」という考え方が身に付き、撮影することが単独のものでは無くそれまでの何かの流れの中にあると自然と感じるようになってきたのだ。写真だけでなく美術の世界でも印象派など相互に文脈を引き継ぎながら存在しているのと同じである。

過去の自分のMODEを使う場合もあるし、他の人のMODEが相応しい場合もある。MODEを選んで撮影するということは、そのMODEに参加することであり、その文脈の一部になることだった。

美智瑠はMODEを使った撮影でも、そのまま使うことは少なくほんの少しでも設定を変える。そのまま使うだけでは撮影した実感が持てないからだと思う。

ドローンが自動で撮影してくれる時代だからこそ美智瑠はMODEをここまで続けてきたのだと思う。「自分が撮影する」という意味を思い出として残したいと思ったからだった。

大学に入って初めての友達との旅行で作ったMODEを見ると、今でもその時の幸せだった感情や会話まで鮮明に思い出すことができた。
「あっ、あの看板カワイイ」
「ほんとだ。ちょっと待ってて写真撮りたい」
そんな他愛のない会話だ。

そして、そのMODEをコミュニティにシェアしたことで、色々な場所の風景や同じような気分を味わった人たちと(正確には人ではなく写真だが)と出会うことができた。

写真は家族写真や友人へ渡すための大切なものであったが、美智瑠にとっては感じたことを設定に反映しシャッターを切る一連の撮影という行為が本当の意味で被写体や出来事への関係を表現するものになっていた。

だから、これから経験する大切な瞬間や大切なものへの気持ちを美智瑠自身が意識するためのものとしてMODEを作り続けたいと思っていた。


娘が生まれた日

予定日の2カ月も前から出産準備を始め、最初に鞄に入れたのはカメラだった。(美智瑠は一番大事なものだと思っていた)

「娘が生まれた記念にMODEを作る」それが美智瑠の愛情の示し方だった。
初めて撮影するときの気持ちはどんなだろう。小さな手、小さな足そんなことに感動するのだろうか。それとも上下に動き続ける胸の動きだろうか。

美智瑠はカメラを手に持って想像を膨らませ出産の不安を吹き飛ばすのであった。

「うー、、来たかな」
何度もイメージトレーニングをしていたので思ったよりも落ち着いてタクシーを呼ぶことができた。

お腹が大きな妊婦が一眼カメラをタスキ掛けにしてタクシーから降りてきたものだから看護婦さんが驚いていたと、娘(恵実と名付けた)に母乳をあげているときに皆で聞いて笑った。

出産の瞬間、初めて抱きしめた時、母乳を与えた時、沢山の出来事が慌ただしく進んでいく。もちろんそれらの瞬間も喜びを感じることができたが、しかし恵実の寝顔にレンズを向けて愛おしむように撮影したときには別の感情が込み上げてきた。

これから恵実が初めての経験を積み重ね、旅行や運動会などたくさんの出来事を撮影していくことになる。美智瑠にとってそれは見守ること育てていくこととと同じ意味だった。これがその最初の撮影なのだと思うと喜びと期待だけでなく母親の責任という心地よい緊張を味わうことができた。

美智瑠はそのことをMODEに書き記し。アプリの中に大切にしまった。

主題には関係が無いので最後に書くことにするが出産を前にして美智瑠は7年使ったカメラを買い替えていた。(これまでのカメラは夫に譲り自分と娘の写真を沢山撮ってもらう予定だ) 7年の間にカメラの基本は変わらなかったが様々な機能が付いてMODEも『MODE II』となっていたのが理由でもあった。

撮影体験をまるごと記録する「アドバンスMODE」を使って撮影した。カメラセンサーやカメラに内蔵されている前後の広角カメラ映像も合わせて撮影の状況を丸ごと記録しVRシステムを用いて疑似体験できるもので、プロカメラマンの写真体験講座として販売される一方で、個人の撮影の想い出として最近では人気がでてきていた。

美智瑠はこれが10年後20年後にどんな風に思い出として受け取るのか楽しみでもあった。

この小説には続編がありますのでお楽しみください
MODE II(後編) 想いを引き継ぐとき


<解説>
第1章ではMODEのコミュニティサービスとしての側面を中心にストーリーをまとめましたが、第2章では個人の想い出としての側面にフォーカスしています。
MODEは撮影設定保存やカスタムモードの役割のような日常的な使い方から、写真と伴にコレクションしておける「撮影した記憶」になるように注意深くデザインされています。
単に感傷的で象徴的な存在として行為の記憶装置と考えることもできますが、一方で最新のVR周辺技術を融合された新しい記録/再体験に向けた「残すもの」としての写真の再定義という課題を示唆しています。
MODEアプリやカメラ内でのMODEの振る舞いが、少し重さを持った実体のあるものとして丁寧に表現されているのはそのためです。単なるデータであればメニュー画面のアイコンのように扱うこともできますが、MODEはもっと大切な存在なのです。
最近のSNSでの写真の扱い方をみると写真が「現在」だけのものになった感じですが、もっと人生や歴史といったことに意識を向けてカメラを作っていきたいと私たちは考えています。

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