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《デジカメUX小説》MODE II(後編) 想いを引き継ぐとき

この小説には、前のストーリーがありますのでそちらからお読みください。
MODE(前編) ビー玉レンズ
MODE(後編) 私の光跡

MODE II(前編) 赤ちゃんからの贈り物


18個のMODEがアプリの中で大切に保存してある。美智瑠は娘の恵実が生まれてから毎年誕生日の前後に写真を撮りMODEとして残していた。

公園を走り回る娘を撮るためにズームレンズを買い、小学校の運動会のために大きな望遠レンズも買った。中学に入ってからは一緒に出掛けることも少なくなったけど本で見た星空の写真が素晴らしいと一緒に盛り上がりそのまま北海道まで撮影にいったこともある。その時には明るい広角レンズを手に入れた。

こうして娘の成長と伴に想い出とレンズとMODEが増え『家族』になってきたのだと実感できた。


娘の旅立ち

「いよいよ明日か」美智瑠は自分が寂しいのか嬉しいのか分からない気分を紛らわすためにアプリを開いてMODEを眺めていた。写真を見なくてもMODEを見るだけでその時に撮った写真のこと、交わした会話が浮かんでくる。

18個の特別なMODEを揺らしながら今これを開いて写真を見てしまったらきっと泣いてしまうだろうとそれだけはやめておいた。明日、恵実がカナダの大学へ進学するため出発するのだ。

いつか娘が独り立ちしていくことは美智瑠の願いでもあったので恵実が海外の大学に行きたいと言った時に反対などするはずがなかった。こうして振り返っていると全てはこのキラキラしたMODEのように色あせることなく昨日のことのように思い出され複雑な気持ちになった。

恵実は合格通知が届いてからわずか1ヶ月で旅立つという。少しでも現地に慣れておきたいというのと、大学が始まるまでの間に旅をしてまわる計画だという。美智瑠は25年前、大学にいくために東京に一人で出てきたことを思い出し自分の娘らしいなとその判断に賛成した。


特別な存在だと伝えるために

誕生日の前後に毎年撮っていた写真は単なる成長記録のためではなく、恵実が『特別な存在』だということを伝えるためのイベントだった。

普段の生活では我慢させることやきちんと向き合ってあげられないことだってある。それでも毎年恵実を主役にした撮影をすることで、恵実自身が自分が大切な存在だと思えるようになって欲しいと願ってきた。

小さい頃は旅行に行くこともあったし、小学校の高学年になったころには恵実と「理想の自分、成りたい自分」というものを一緒に話し合ってその年の撮影プランを立てていた。中学に上がってからは旅行は難しくなったので大きなスタジオを借りて撮影したこともあった。

だから美智瑠にとって撮影した写真よりも、撮影した記憶としてのMODEの方が重要なものだった。写真を始めたときに美容院のお姉さんから言われた「何かを感じたら、それを設定に反映して、感じたことを形にしてみる」という教えをずっと実践してきた。恵実を撮る時も気持ちを設定に置き換えてきた。

恵実が彼氏と別れて落ち込んでいた時は「もっと明るくしてなさい」と思って少しプラス補正にしたりした。別に出来上がった写真から直接メッセージが表現されるわけではないけれど、撮影した行為の記憶として刻み込むことができるのだ。

カメラの設定を沢山知ることは、それだけ表現できる感情の種類が増えることであり言葉が増えるようなものだった、だからカメラの設定の隅々まで興味を持つことができたし、色々な場面で設定を変えてみたりした。(画作りにほとんど影響しないものも多かったけどね)

写真のアウトプットのために撮影設定をするのが普通なのかもしれないが、写真に正解が無いように、決まったパターンで撮影しても何も面白いことは起きない。相手のことを想うことで設定を変更し写真にその痕跡が残ることの方が美智瑠にとっては『写心』だったのかもしれない。


美智瑠の人生はMODEのと伴に

結婚する前にはMODEは美智瑠自身の活動の一部として、色々な人と繋がるために存在するものだと感じていたが、結婚し子供ができたことでMODEのもう一つの意味について考えるようになっていた。

多くのSNSやネットを使ったサービスではデータをクラウドに預けることになるが、MODEでは利便性のためにそうすることも勿論できたが、クラウドを全く使わずUSBメモリーに書き出したりメールで直接送るような方法でデータを扱えたり、さらにQRコードの中に全ての設定情報を書き出してプリントして残しておくこともできた。50年後100年後にWebサービスが無くなったとしてもカメラで読み取れば使えるということだった。

はたしてそんな未来がくるかどうか分からないが、MODOの基本コンセプトである「個人で管理できること、未来にそれを残すこと」が具現化されていた。

美智瑠がMODEと出会った時には、新しいSNSの一つくらいにしか考えていなかったが、家族ができて守りたいものができたことでMODEのもう一つの意味を理解することができた。

MODEは撮影前、撮影中、撮影した後まで写真が持つ本質をサービスや機能という形で再構築したもので、大げさに言えば人生と一緒に寄り添ってくれる写真が持つ本来の意味そのものだと美智瑠は感じることができた。


出発の時

いよいよ恵実が出発する日が来た。今日は空港まで見送りにいく。

あっと言う間に準備期間が過ぎ、じっくり話す機会も無かったけど美智瑠はそれで良いと思っていた。ただ恵実が自分の可能性をちゃんと信じて夢を持って進んでいってくれていることが嬉しかった。

空港にいく車の中であれこれ身の回りの心配事を一通り話してしまったので、レストランで昼食をとる時には何だかお互いに話題がなくなってしまった。(たぶんお腹を壊したら梅干を食べなさいと3回は言った)

美智瑠はスマホを取り出し「このMODEはあなたが生まれたときに作ったものなの。お母さんの本当に大切なもの」といって18個のMODEを指先で少し揺らして見せた。

美智瑠と一緒にしばらく画面を眺めていた恵実が「これまでずっと見守って、育ててくれて、撮影してくれてありがとう」と耳元でそっと囁いた。
美智瑠は涙がいっぱいになり何も言えなかった。ちゃんと伝わっていたことが嬉しくてもう何も言う必要はなかった。

「そのMODE 私に子供が産まれるときにくれる?」自分もそのMODEで写真を撮ってあげたいと言う。自分と同じように大切に育てていきたいと。

それから出発のアナウンスがあり、恵実は一人で歩いていった。
美智瑠はその後ろ姿を、生まれたときに作ったMODEを使ってシャッターを切った。

<おわり>


<解説>
このストーリーではMODEアーキテクチャにおける長期的価値について定義しています。それは
一時的な喜びや行動を起こす動機となる派生MODE数や写真枚数ではありません。
MODEのもとで撮影してきたこと、見つめてきた愛するもの、それらが地層のように折り重なり気が付けば掛け替えのない自分の居場所を形作るもののことです。歳を取りアプリのMODEコレクションを見返すときそこに自分の人生があるということです。
何十年も前のMODEを最新のボディで使うことができます。それはMODEが普遍的で柔軟なアーキテクチャとして設計されているからです。コミュニティ内のシェアだけでなく、MODEが世代を超えて引き継がれていく時間感覚こそカメラメーカーの思想の原点なのだと思います。



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