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《デジカメUX小説》MODE(前編) ビー玉レンズ

美容院での出会い

卒業式からバイトに追われそのまま慌ただしく東京への引っ越しを終えた美智瑠は入学式を前にネットで見つけた人気の美容室にきていた。

大きなガラス窓の店内に入りスマホ画面で予約していることを告げるとすぐにカット台まで案内されたが、担当の美容師さんは他のお客さんの相手をしているらしく美智瑠は手に取ったファッション雑誌をパラパラと眺めていた。

ページをめくるうちに気になる特集に指が止まった。『写真アプリでアートライフ』とつけられたページは定番のInstagramのフィルター紹介や画像加工アプリなど幅広く取り上げられていて溢れんばかりの色彩を放っていた。

美智瑠はその中で「写真表現が学べる・作れる・シェアできる」というMODEアプリに目が留まった。カメラメーカーが出しているアプリで写真を観るだけでなくその撮り方や機材の情報を学べると書かれている。

4月から東京の私大に通うことになり、入学式の前に都会の女になろうと最後の悪あがきをしているのだ。美智瑠はけっして成績が良い方では無かったためこの大学にはいるためにいろいろなことを我慢して受験勉強に励んできた。だから東京に出てきたら絶対にやろうと決めていたことがある。

一つは話題の美容師さんにカットしてもらうこと、もう一つはカメラを買って本格的に写真を撮ることだった。

本格的に一眼カメラを使って作品を撮ってみたいと思っていたが何から始めたら良いのか迷っていた美智瑠にはとても魅力的にみえた。

さっそく雑誌のQRコードを読み込んでアプリをインストールするとアカウント登録無しに直ぐに写真のサムネールがでてきて上下左右にスクロールすると写真が入れ替わるのが不思議で美智瑠はつい夢中になってしまっていた。

「こんにちは」美容師さんが後ろから声をかけてきた。
美智瑠が驚いた顔を上げると大きな鏡の中で少し年上のショートカットのお姉さんが笑顔を向けていた。

「私もカメラ持ち歩いて写真撮ってるんだ」美智瑠の髪を軽く触りながらお姉さんが教えてくれた。
「わたし、今この雑誌に載ってたから入れてみただけで・・」
「そのアプリ、MODEだよね」
「・・モド?・・」
「そう。モーーードじゃなくて、モド!」大げさに言うお姉さんが可愛かった。

いまいち噛み合わない会話。
とりあえず美智瑠は美容院のアプリを開いて希望の髪形を伝えるとお姉さんは「OK」と言ってハサミを動かし始めた。

「写真好きなの?」
「大学入ったのでカメラ買おうと思ってるんです」
「それでMODEを見てたんだ」美智瑠はさっきのアプリのことを思い出しながら小さく頷く。

「私もMODEやってるよ。気に入ったやつをどんどんダウンロードして自分で実際に写真撮ってみるんだ」こんどはお姉さんがポケットからスマホを出して美智瑠に見せてくれた。

「キレイ!」美智瑠は思わず声が出してしまい少し赤くなった。
「ありがとう。これ私が作ったMODEなんだよ」お姉さんは鏡に向かってスマホを突き出した。
美智瑠は鏡の中のスマホとお姉さん(と自分)を同時に見て目をキラキラと輝かせた。カットをしている間お姉さんはどんな風に写真を撮っているかを色々と聞かせてくれた。

最初は他の人が作ったMODEをダウンロードして撮影することができ、そのうちに自分なりの表現をして写真を撮って、その写真と一緒にMODEにするためのデータと撮影のヒントなどコメントを付けてアップすると他の人にも使ってもらえるようになるということだった。

言葉にするとややこしそうだけど普通のSNSみたいに使うこともできるし、自分の作品として本格的にMODEを作っている人もいるらしい。(ふむふむ)

「きめました。私もMODEやってみます」
お姉さんは「素直でよろしい」といってカットが終わった頭をポンポンとしてくれた。

美容室を出る前に、カメラを買うときはお気に入りのMODEをいくつか選んでそれを店員に見せると良いと教えてもらい、お礼を言って店を出た。
美智瑠はココロもカラダもなんだか軽くなったような気分だった。


カメラってどうやって買うの?

美智瑠はカメラ店へ行く前にたくさんのMODEの中から5つを選び出していた。小さなものを大きく写したMODEと柔らかな光を感じる大きなボケのMODEだった。

写真の一覧は何かのグループに分かれていているみたいで写真をスクロールするときに小さな丸い粒になって他の粒と線で結ばれている。この線をたどっていくと美智瑠が素敵だと思う写真が集まっていたり、そうかと思うと全く違う表現が出てきたりしてワクワクすることができた。(線の意味は後で知ることになるのだが今はまだ知らない)

この写真でできた粒々を見ていると子供のころの宝箱(お菓子の空き缶だけど)にビー玉を沢山集めていたのを思い出した。
「昔も、青緑が好きになると同じようなのばかり夢中で集めていたような・・」なんだか懐かしい気持ちになった。

新宿のカメラ店へバイトでためた軍資金とスマホを持ってやってきた美智瑠は、目の前に並ぶたくさんのカメラを前に洋服を買うように見た目で選ぶことができないことを悟った。
(なんでカメラって同じような見た目ばかりなのよ)

カメラを眺めていると店員に声をかけてもらったので、お姉さんのアドバイス通りMODEアプリを見せて予算を伝えると、直ぐにカメラと何本かのレンズを持ってきてくれた。
(美容院で希望の髪形を伝えるのと同じなんだ)美智瑠はちゃんと伝わったことが素直に嬉しかった。

一つずつカメラにセットしながら説明をしてくれた。
風景全体を写すよりも、気になるものを大きく写した写真が好きみたいなので少し望遠側のレンズと、もう一つは小さいものにもピントが合わせられるマクロレンズで、お薦めは望遠でボケが大きく表現できるレンズとのことだった。

美智瑠は何度もレンズを交換してもらっては色々なものを見てみた。レンズはこれから増やしていくことができるのでとにかく直感で気に入ったレンズで写真を始めるのが良いというアドバイスに従い少し望遠の単焦点レンズとちょっと予算をオーバーしてしまったけどお気に入りのMODE作者さんと同じカメラに決めた。


私のカメラになる

たくさんのメーカーロゴが並んだ紙袋に入れてもらったカメラとレンズを大事に抱えて一人暮らしのアパートへ戻った美智瑠は、そのままベッドに箱を並べて「よーし」と大きな声を上げた。これまで自分で買ったものの中で一番高価で、まだ自分のものである実感が持てずにちょっと緊張しているのが可笑しくて気合をいれたのだ。

カメラを箱から出し電池を入れ、お店で何度もやったように電源を入れると液晶画面に「MODEアプリを開いてペアリングしてください」と表示された。

直ぐにスマホを手に取りアプリを起動するとBluetoothで接続できた。美智瑠はそのまま「ペアリング」ボタンを押した。

しばらくするとカメラの液晶に美智瑠がこれまでアプリで何度も眺めていたMODEが表示されていた。このとき美智瑠はカメラが自分のものになったのだと実感することができた。

「わたしのカメラになってくれた」そう言うとカメラを両手に抱え胸の上に置いたままベッドに倒れ、それからゆっくりとファインダーを覗いて天井の丸い蛍光灯を見た。

美智瑠は丸いMODEのアイコンを切り替えながら、子供のころにビー玉を目に当てて色の着いた世界を眺めて遊んでいたことを思い出していた。


この小説には続編がありますのでお楽しみください

MODE(後編) 私の光跡


この記事は、デジカメの新UIアーキテクチャ「MODE」のアイデアをベースにUX小説としてストーリー化したものです。「MODE」の概要はこちらの記事でご確認ください。

<解説>
MODEはカメラ/アプリ/コミュニティの統合UIアーキテクチャですが、これまでのカメラを中心としたものではなく、コミュニティ活動を楽しむためのツールとしてカメラがあることを明確にしようとしています。そのためにスマホのアプリをMODEへの最初の出会いにしました。
カメラを買う前にアプリで写真の世界に入り、その流れの中でカメラ・レンズを購入し、スマホのMODEがカメラへ同期されていくというストーリーになっています。
これはスマホのSNSで写真の世界に入ることが一般的になった現在では自然な感覚だと考えています。

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