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推し活は、世界に嘘をまぶす。

スターの時代から推しの時代へ

私が小さい頃テレビで見ていたのは、今で言う推しではなくスターでした。

今でもスターと呼ぶべき存在はいます。格付けチェックのガクト。箱根駅伝の青山学院。紅白歌合戦の石川さゆり。水曜日のダウンタウンのクロちゃん

決して彼のことを推しているわけでも追っかけているわけでもないものの、彼らを見たいがために誰もがみんなチャンネルを回してしまう。そんな存在がかつては大勢いたのです。

例えばAKB48の前田敦子大島優子。AKB48総選挙の視聴率は全盛期20%を超えていましたが、その視聴者のほとんどは推しを持っていませんでした。前田敦子と大島優子というスターが1位を争うのを見るためにチャンネルを回していたのです。

他の人気番組にもスターはつきものでした。クイズヘキサゴンにはつるの剛士がいて、Qさまには宇治原史規がいて、エンタの神様には陣内智則アンジャッシュがいて、世界の果てまでイッテQには珍獣ハンターイモトがいて、月9には木村拓哉がいたのです。

しかし、マスメディアはかつての求心力を失い、誰もが話題にする人気番組が少なくなってしまいました。「これさえ見ておけばいい」という中心を失った一方、大量のコンテンツが氾濫する現代社会。自分らしくエンタメを楽しむためにまず何を見たらいいのか、その第一歩目からよくわからない時代になってしまったのです。

そんななかで、いつしか人々は推しを作り、ネット・テレビ・雑誌といった様々なメディアのコンテンツを、推しを追いかけながら縦横無尽にツマミ食いするような生き方をするようになったのです。それでは推し活のって具体的に何をするのでしょうか。

世界を粉飾してあげる。

昔からアイドルがよく言う常套句があります。

努力は報われる

多くのアイドルがこの言葉を口にし、ときにファンに最も伝えたいメッセージだと強調します。

このように、本当に努力が報われる世界だったらなんて素敵なんでしょうか。BTSがSilver Spoonで歌ったように実際に努力が報われることなんて滅多にありません。人生の幸せのほとんどは運に左右されてしまう。というのが多くの人間が当たり前に実感している事実でしょう。

でも、推しは「努力は報われる」と主張します。

もちろん、我々が生きている社会同様に推しの生きる世界というのは甘くありません。音楽番組で1位になりたいと願っていくら努力しても1位になれるとは限りません。それは、彼女たちと同様に努力しているアイドルが他にも無数にいる競争社会だからです。同じ理由で、紅白歌合戦も出れないかもしれないし、ドームツアーもできないかもしれません。

そんな状況でもなお推しが「努力は報われる」と言い張ったとき、彼女たちのファンの推し活が本領を発揮します。

1位になりたいと推しが言うのであれば、いっぱいルーレットをまわして投票をすればいい。音盤だって不必要なまでに大量の枚数を買えばいい。紅白に出たいと推しが言うのであれば、NHKの御意見フォームにスパムかというほどに意見を投げればいい。#Venue101に出たときにたくさん推しを褒めまくればいい。ドームツアーをしたいというのなら、今やっているライブのチケットを最大枚数買って売り切れにしてしまえばいい。余ったチケットは無料で知り合いを誘えばいい。

必ずしも世界は推しが望むような世界ではない。でも大丈夫。私たちが世界を粉飾してあげよう。

努力が報われる美しい世界を推しにはこれからも信じていてほしい。必ずしもそうではない美しくない社会は私たちが引き受けるから、推しには美しい世界だけを見ていてほしい。推し活というのはこういうものです。推し活とは世界の粉飾なのです。

そして、ファンたちは世界の粉飾に私こそが一番貢献したんだ!と主張しあっているのです。ドナルド・トランプのためにTwitterを買収してフェイクニュースをばらまき、結果政権の重役の座を射止めたイーロン・マスクみたいですね。

美しい世界を邪魔する他人は罰してあげる。

粉飾のためにファンがどれだけ身を粉にしても、目的が達成できないことがあります。もちろんファンにとってそんなことは許されていいはずがありません。だって努力は報われる社会を粉飾しなくてはいけないのですから。

もちろん競争社会には、勝者と敗者がいます。

推しが1位になれなかったとき、他に1位になった人たちがいます。

推しが紅白歌合戦に出れなかったときに他に出れた人たちがいます。

おかしいですよね。努力した推しが報われるはずなのに努力してない連中が幸せを勝ち取っているわけです。許せません。(もちろん1位になった紅白に出場した彼女たちも努力してるんです。ただ、推し活をしている人たちには冒頭話したような行動パターンをとっているため推し以外が眼中に入らないんです。その結果このようなあまりに幼稚な考えを信じ込んでしまうのです)

そんなときはどうしたらいいでしょうか。そいつらをインターネット上で徹底的に誹謗中傷を浴びせてデタラメな噂をばらまいたりして、不幸にしてあげればいいのです。

推し活を取り巻く過剰な愛と異常な誹謗中傷。

これらは同じく世界を粉飾したい人たちによる創意工夫のあらわれなのです。いい加減やめません?

世の中に広がる推し活

民主主義における選挙と、推し活における投票。政治と推し活にはどうしても見た目が似通っているところがあります。若者の投票率を上げるためにも、最近では「推しの政治家・政党を作って投票に行こう」という呼びかけも見られます。

それ、本当に大丈夫ですか?

推し活と言う行動パターンは視野を狭め、世界の粉飾に加担することを是とする発想です。KPOPアイドルが頻繁に自殺することに現れるように、ときに人を死に追いやります。

もし推しの政治家がデマを流すような人だったらどうするのでしょうか。デマを何とか無理矢理にでも真実にするために嘘の証拠をでっち上げることに労力を割くのでしょうか。推しの政治家の主張する真実とは異なる内容を報道するマスコミを何とか黙らせようとする方向へと向かうのでしょうか。

こうして考えてみると推し活と政治という組み合わせは甚だ危険なのではないかと思うのです。

さいごに

世界は決して美しくありません。そんな世界を一気に美しいものに変える魔法もありません。

それでも社会を粉飾するのではなく、複雑に絡み合った社会にうまく順応しながら少しずつ社会をより良い方向に変わっていくように働きかけていく。

そんな健全な社会との関わり方がこれからの時代に必要になってくるのではないでしょうか。そうした一つ一つの試みの先の世の中に貢献できたという確かな実感が、自分自身を愛することができるのではないのでしょうか。


世の中には「順応的管理」という発想があります。最後にそれを紹介できればと思います。


人間は、わからないことばかりの海、予期できないことばかりの海の中に暮らしているのだ。いくらがんばって大量のデータを集めたとしても、生態系や社会について私たちが知識として獲得できることは、獲得できない部分に比べればはるかに小さい。だから、不確実なもの、知らないことをなくそうとしてもだめだ。大事なことは、不確実なもの、知らないものにどう対処するかなのだ、と。したがって大事なのは、「試行錯誤のしくみが機能するようなしくみをデザインする」ことだとホリングは説きます。完全に「わかる」ことを目標とするのではなくて、 ある程度わかったところで周到に実行してみて、その結果を見ながらまた分析して、軌道修正していく、そういうしくみ、順応的な管理のしくみを作ることが必要だ、というのです。

『社会学をはじめる』p64



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